お兄様は心配性

「ルナフレーナと、どうか、結婚させてください」
「…………言い方がなってない。やり直しだ」

 レイヴスは表情一つ崩すことなく、組んでいる腕を解くことなく、ノクティスを睨み付けたまま、そう、言ってのけた。レイヴスの見えない所で――頭を下げたままのノクティスの表情がぴくぴくと痙攣する。膝の上に置かれている手を握る力が、一瞬だけ強くなる。
 歪んだまま顔を上げる訳にはいかず、表情をなんとか整える。その間、ルナフレーナが声を荒げて、机越しにレイヴスと言葉を交わしていた。

「お兄様! どうして、そう意地悪をするのですか!」
「ふん……大事な妹の結婚だ。それ相応の覚悟を見せるのが、当然だろう」
「ノクティス様は、十二分に見せていらっしゃいます!」
「見せてないから、結婚を許せないんだろうが」
「ですが、ノクティス様はもう十回もこうしてお兄様の元へ、いらっしゃっているじゃないですか!」
「……まだ、十回だ」

 その言葉を聞いて、思わず、くらりと眩暈が、しかけた。今日こそは、レイヴスに認められると期待して、とやって来たのだが――どうやら、まだまだ時間が、かかりそうだ。眩暈と同時に、溜め息も吐きかけたが、喉元で、ごくりとそれを飲み込む。ノクティスの中で、諦めは微塵も残されていなかったからだ。
 ノクティスが漸く、顔を上げる。そこには、いつもの勝気な表情があった。

「認めてもらえるまで、通い詰めるからな」
「そんな勝気な態度でいると、いつまでたっても結婚は認められないな」
 ちらりと顔をルナフレーナの方へと向ければ、ルナフレーナもまた、ノクティスの方へと顔を向けていた。二つの視線がしっかりと交錯する。ターコイズの瞳に、自身の姿が映し出された瞬間、ルナフレーナの眉がハの字になる。

「申し訳ありません、ノクティス様……お兄様が、その、ご迷惑をおかけしてしまって、」
「ルーナが謝る必要はないだろ。それに、レイヴスが言う事も一理あるしな」
「お兄様も本心では、言っていないと思うんです。ただ、ちょっと……心配性なだけで……」
「ルーナとオレに構って欲しくて、そう言ってるんじゃねぇかなって思ってんだけど……でも、そろそろ、決着つけねぇとな」

 レイヴスは自分の義兄となる人物だ。できれば、良好な関係を築き上げたいと考えているが、如何せん、時間がない。ルーナとの結婚も大事だが、インソムニア含むルシス復興も自分の中で重要な位置づけとなっている。レイヴスばかり、時間を割いている暇はない。

「――レイヴスに、ちゃんと伝えねぇとだな」

 ぽつりと独り言のように呟きながら、隣に座るルナフレーナの手の上に自分の手を重ねる。

「結婚、について、ですか?」

 隣から、ルーナが顔を覗き込んでくる。瞳には不安が揺れていたが、それを拭うように、重ねる手に力を込めながら言葉を紡いだ。

「それもだけど……オレが、絶対、ルーナを幸せにすること――それをちゃんと言う必要があるよなって」
「ノクティス様……ありがとう、ございます」

 目尻を赤く染めながら、蚊の鳴くような声で告げる。照れが混ざっているその表情を見た瞬間、ノクティスの心臓が大きく突き動かされる。ルナフレーナにつられるかのように、ノクティスも頬が赤く染まった。

「わたしも、わたしも……ノクティス様を幸せにしますね」
「ああ――二人で、幸せになろう」

 右肩に頭を預けてくるルーナを感じたので、自身もまた、ルーナへと頭を傾ける。
 手を重ね合わせながら、二人はお互いに、お互いを預けるかのように、寄り添い合っていた。



material from 0703 | design from drew | 2017.07.17 minus one