可視化された愛情

 とくん、とくんと胸が高鳴る。心臓が、いつも以上に忙しない。
 一瞬だけ離れたと思ったら、直ぐに触れ合う。まるで、磁石のS極とN極のように、一度触れ合ったら離れない。二つのものが一つに溶け合うかのように、重なり合わさっている。もうどれくらい、二つの唇が一つとなっているのか。判断がつかなかった。囲われた腕の中、弱弱しく胸に手を添える。

「んぅ……んっ、」

 上唇、下唇と順番に関係なく降ってくる薄い唇。最初はお互いの唇が乾いていたのにも関わらず、今はぷっくりと熟れてしまっている。ちゅっ、ちゅっというリップ音が鼓膜に届く度、感じたことのない痺れを感じる。
 そして触れ合った箇所から、今まで経験したことのない彼――ノクティスの熱を知る。
 今まで、何度も唇を重ね合わせた経験があるけれど、いつもは僅かに触れるだけのもの。こんなに、啄むようでいて、貪るようなものは初めて、だった。こんなに煽情的なノクティス様の姿を一度も見たことがないから、ますます心臓の音が五月蠅くなってしまう。
 ――このまま、とけて、しまいそう。一つに、なってしまいそう。
 そんなことを頭の片隅で考えながら、ルナフレーナはノクティスを受け入れていた。

「っふ……」

 今までずっと唇を重ね続けていたが、ここにきて初めて、ノクティスの唇が離れる。抱きしめられた瞬間(とき)から一時も離れることなく、重ねていたから唇に寂しさを覚える。潤んだ瞳で、じっと見上げていると、覗き込むように目と鼻の先までノクティスの顔が近づいてくる。

「ルーナ……いいか?」

 何を、なんて。愚問だから訊かない。問いに、こくりと頷く。すると、ノクティスの表情がふと和らぐが、それも束の間。再び、二人の唇が合わさる。
 角度を変えて、何度も触れるだけのかわいいキスを繰り返した後、何も示し合わせていないのに、僅かに開かれた隙間からノクティスの舌が潜り込む。初めての感覚に、どうしたらいいか分からず狼狽えていると、二つの舌が触れ合った。
 触れた瞬間、びくりと反応して、お互いに狭い口腔内で離れる。ぬるりとしていて、ざらりとした温かいノクティスの舌。そのあまりにも生々しい感触に思わず驚いてしまう。舌と舌が触れ合うのは初めてのことだったから、思わず退けてしまう。
 しかし、直ぐにノクティスが再び触れ合ってくる。控えめに、それでいて、おずおずと重なる二つの舌。初めて触れ合った時は反射的に逃げてしまったが、臆することなく、ノクティスの舌を受け入れた。
 ルナフレーナの抵抗がないことを確かめたノクティスはゆっくりと絡み合う。ノクティスの性格を具に表した、甘やかしてくれるような――無理やりとか、強引とかからかけ離れたもの。あたたかくて、やさしい……キス。
 角度を変えながら、何度も何度も唇が重ね合わさる。触れては離れ、触れては離れを繰り返す中でも、二つの舌が離れることはなかった。初めての感触で、お互いに探り探りといったぎこちなさの中でも、離れがたくて、ずっと絡めている。最初はノクティス様にされるがまま、絡まるあたたかい唇と舌を受け入れていたが、次第に慣れ始めた頃、恐る恐るノクティス様を求める。あたたかったものから、濃厚で熱いキスへと変わる。

「ぁ……んっ……、」

 漏れ出す吐息まで、いつもとは異なる熱を帯びている。それが自分の吐息と思えなくて、頬に熱が集まった。その熱を確かめるかのように、ノクティスはルナフレーナの頬に手を伸ばし、さわさわと触れる。その度に、びくびくと身体が反応する。頬だけなく、体全体が火照り始める。
 どれくらい重ね合わせていたのか分からない。呼吸が苦しくなり、これ以上、重ねられないと思った途端、ノクティスがルナフレーナから離れる。つぅと二人の間にある透明な糸が艶めかしく視界に映り、先ほどまでの熱い行為が視覚的に捉える。その瞬間、ずんと体の奥底が熱く感じた。
 二人して、熱い息を吐く。お互いに、はぁはぁと熱い息がかかる。その熱ですら、いちいち反応してしまう。まるで、擽られた時のような感覚だった。
 腕に包み込まれながら、僅かに距離をとる。そして、その中で、とろんとした焦点の合わない瞳で見上げれば、燃えるような煽情的な瞳で見つめていることに気づいて、思わず、きゅっと目を瞑った。
 わたし、しらない。わたし……こんな、ノクティス様、しらない。
 幼い頃から――それこそ、ノクティス様の存在自体は生まれた時から知っているけれど、こんな、劣情と情欲に駆られたノクティス様を見たことは、一度足りともない。ノクティス様はいつだって慈愛に満ちた瞳でわたしを見つめてくれて、その大きな腕で優しく、わたしを包み込んでくれる。その腕に抱きしめられたら、そこには絶対的な安心感があって、幸福をもたらしてくれるものだったというのに、今は――ノクティス様に抱きしめられると、緊張と焦燥に駆られていて全く落ち着かない。今までにないくらい、狂おしいほどに心臓が騒いでいて、安心からほど遠い場所にいる。
 頬を赤らめながら顔を俯かせていると、目の前のノクティスが腰を屈めて、ルナフレーナを覗き込む。ぱっと避けることなく、そのままじっと顔を俯かせていると耳元に唇が触れる。そして、ノクティスの言葉が直接、耳の奥で響いた。

「ルーナ……オレ、ルーナが欲しい」

 それは、今までにない甘美的な響きであり、麻薬のような報せだった。甘くて熱い言葉に思わず、身体が痺れる。それが、合図となり、ノクティスに誘われるまま、ルナフレーナは色欲の海へと堕ちていった。



 人工的な明かりが灯されていない――カーテンの隙間から零れる月明かりだけが部屋の中を灯している。僅かに相手の表情が見えるだけの薄暗い中、そっと寝心地の良い真っ白な寝台の上へ、横にされる。それがあまりにも優しい手つきで、本当にこれから、欲に塗れた行為をするとは思えなかった。
 寝台の上で仰向けになると、そのまま、ノクティスがルナフレーナに覆いかぶさる。寝台の上から見えるノクティスの表情は暗闇ということもあって、あまり、よくは見えない。しかし、猛々しい目つきでルナフレーナを見つめていることだけは窺えた。いつものノクティスの姿とはかけ離れているが、不思議と畏怖の感情を抱くことはなかった。寧ろ、いつもよりずっと男らしく見えて――胸の鼓動が高鳴り続けている。
 気づいたら。わたしを今まさに閉じ込めているノクティスさまへと手を伸ばしていた。わたしよりずっと太い首へと回し、ノクティスさまを腕の中へと閉じ込める。お互いがお互いを閉じ込める。多くの人から――イグニス様やグラディオラス様、プロンプト様といった側近の方たちを始めとしてルシスに住む国民から――愛されているノクティスさまも、今はわたしが一番近くにいる。わたしだけが今ノクティスさまを独占できている。そう思うと……恐れ多いけど、ほんの少しだけ、優越感に浸れる。

「ルーナ、」

 甘く、蕩けてしまいそうな声で、名前を呼ばれる。とくり、と一つ心臓が震えると同時に、額にそっと唇が落とされる。優しく、慈しむように、一つひとつ落とされていく唇。額から頬を伝って、その唇が再び、ルナフレーナの唇を捕らえると、啄むようでいて、泣きたくなるくらい優しい口づけ。そして、僅かな隙間から徐々に舌を差し出し、お互いの舌の柔らかしさを堪能しながら、お互いに奥へ、奥へとまさぐっていく。

「はぁ……んっ……」

 ノクティスはルナフレーナの唇を塞ぎながらも、指で耳をやわやわと触れる。その度に、びくびくとルナフレーナの身体が反応する。今の今まで、官能的に触れられたことがなかったために、過剰に反応してしまう。

「あっ……ノク、ティス、さま……、」

 ――ノクティス様。ノクティスさま。
 キスの合間から漏れ出してしまう声。自然と、ノクティスさまに回している手の力が強くなる。今まで感じたことのない「感覚」に襲われ、不安と焦燥から無我夢中で目の前の人へ縋る。わたしに覆いかぶさっているノクティスさまこそ、今、この覚えのない「感覚」を与えているという人物だというのに。それでも、わたしは……ノクティスさまを力強く抱きしめていた。どんなことをされても、ノクティスさまが愛しいことに変わりないからだ。
 ねっとりと舌と舌を絡ませながら、ノクティスは耳たぶから首筋へと指を這わす。そして、そのまま鎖骨の下へと手を伸ばしていく。その瞬間、ノクティスのキスによって蕩けてしまっていた理性が息を吹き返す。閉じていた瞼を開け、思わず、ぱちぱちとまばたきを繰り返す。それを眼下で見ていたノクティスが唇を離せば、これ幸いに、ルナフレーナは名を紡ぐ。

「ノ、ノクティスさま……!?」

 欲しい。
 その言葉から、これから「なに」をするかは想像していた。「どう」なるかも、頭では分かっていた。それでも、いざ、「それ」を目の前にすると、動揺が全面に出てきてしまう。
 今までは、キスより少し先に進んだだけだった。いつもより深いキスをしていた、だけだった。でも、ここから先は未知の領域。今まで体験したことのない領域。想像していた。覚悟も、していた。
 だけど。それでも。いざ、「それ」を目の前にすると……怯んでしまう。同時に、今まで経験したことのない羞恥に襲われる。未知なものを目の前にする恐怖ゆえか、不安ゆえか定かではない。もしかしたら両方かもしれない。今、目の前にいる人物は誰よりも、何よりも愛しい人であるはずなのに。
 ルナフレーナは、じっとノクティスを見つめる。獣のように暴れる心臓がひとまず落ち着くまでは、手をその先に進めないで欲しい。――そう、瞳で訴えたのだが、ノクティスは熱の孕んだ瞳でルナフレーナを、見つめ返しただけだった。縋るように、再度、ルナフレーナはノクティスを見つめたのだが、ノクティスは依然として、無言で見つめていた。その瞳には、変わらず「欲しい」とだけ、映し出されていた。

「ルーナ。……触れたい」

 念を押すように、至近距離で色欲に塗れた声色で囁かれる。ノクティスさまの言葉が、まるで媚薬のような熱を持って、鼓膜越しにわたしへと注がれる。その言葉を前にすると、わたしは……いとも簡単に陥落してしまう。屈することなんて、できるはずがなかった。
 気づいたら、わたしはゆっくりと一回、こくりと頷いて――ノクティスさまへ回している腕の力をきゅっと強くした。隙間を埋めるように、抵抗する気はないと言う代わりに、強く抱きしめた。それに応えるように、ノクティスさまは、そっとわたしの胸に手を添えた。
 一回り大きな手が服の上から、優しく触れられる。その瞬間、身体が否応なしに反応する。ぴりぴりと電流のようなものが、ノクティスが触れた場所からルナフレーナの中を駆け巡る。繊維越しに伝わるノクティスの体温にすら、身体が悦びを覚えて震える。
 ――今。ノクティスさまが、わたしに、ふれている。
 胸の内でこっそり言葉にすると、今の行為に現実味が帯びてくる。今夜、愛しい人物の腕の中に包まれて、長い夜を過ごすことになる。抱かれることを受け入れた時。羞恥心を捨てたのにも関わらず、再び、羞恥がルナフレーナに覆いかぶさった。暗闇の中で、表情に赤みが差した。
 ふにふにと、形を確かめるように触れてくる。初めはぎこちなく、たどたどしく触れていた。しかし、何度も何度も繰り返し触れている内に、その手つきが慣れたものへと変わる。そこに、ノクティスの意思が宿り始める。大きな手のひら全体を使って、ルナフレーナの乳房を撫で上げる。

「はっ……、あっ……ん、」

 その度に、声が漏れ出してしまう。片方だけではなく、両の胸を交互に揉みしだかれ、ルナフレーナは火照った身体をよがらせる。まるで、眉目よきマタドールによって、されるがままとなるカポーテのように、パソドブレを寝台の上で踊る。
 意中の人物に触れられて、胸の中心がぷくりと蕾のように膨れ上がる。服越しに触れていても、それはしっかりと現れていて――ノクティスはルナフレーナの服の裾へと手を伸ばす。ルナフレーナはノクティスの手が伸びていることに、もちろん気づいていたが、もう、抵抗の意思は生まれていなかった。ノクティスの手を甘受し、快楽の海に身を委ねていた。
 熱い身体に対して、冷えた手が直に触れる。やおら這い上がってくる手を追いかけるように、身体の熱も上半身に熱が集まる。そして、ノクティス様の手が下着の中へと滑り込ませ、直にわたしの胸に触れた途端。さっきまで服越しに触れていたのにも関わらず、あられもない声を上げてしまった。

「あ、あああっ……!!」

 服越しじゃない。直に触れられると、ダイレクトにノクティス様の温度が伝わってくる。先ほどと同じような触れ方をされているのに、感じ方が先刻の比じゃあ、ない。厚い手が膨れた蕾を中心に包み込むように触れてくる。たったそれだけで、身体が反応してしまうというのだから、そこから指や手のひらで揉み解されたら最後――内側に籠る熱を霧散させようと、熱い吐息を漏らしながら、身体をくねらせていた。
 気づかぬ内に、身に纏っていた純白のネグリジェと共に下着までも胸の上まで捲られていて、ぷるんとした双丘がノクティスの前で露になる。親指と人差し指の二本の指で、その頂を摘ままれれば、大きくルナフレーナの身体が跳ね上がる。

「あっ、ノク、ティスさま……ッ」

 ルナフレーナの甲高い声が鼓膜に届いても、ノクティスの指の動きが緩められることはなかった。きゅっと摘ままれたかと思ったら、ぐっと指の腹を使って押しつぶされる。片方は頂だけ弄られるのに、もう片方は全く弄られない。ノクティスの手のひらの形がわかるくらいの熱が胸を這っている。左右で異なった触れ方をされ、その違いにすら感じてしまう。だんだんと、身体が溶けていく。蕩けていく。

「はっ……あ、ぅ……ノクティス……さま、」

 はふはふと浅い呼吸を繰り返しながら、熱に浮かされた時のように最愛の人物の名前をたどたどしく紡ぐ。すると、ノクティスが顔をあげ、ルナフレーナの胸をまさぐりながら、その口を塞ぐようにキスを贈る。
 唇だけでなく、呼吸も、ルナフレーナ自身も――何もかもを飲み込んでしまうような荒々しいキス。ついこの前までは可愛らしいキスばかり繰り返していたのに、慣れた様子で、フレンチキスを重ねる。お互いに初めてであったのにも関わらず、もうすっかりこのキスに慣れてしまっている。下唇を甘く噛んでから、覆うように唇同士が重なり合う。口内中、至る所にノクティスの舌が伸びてきて、もう触れていない所は、なかった。
 唇が離れると、ノクティスは額と額をすり合わせて、そっと呟く。

「ルーナ……かわいい」
「え……あ、そ、そんなこと……」
「ある。ずっとルーナは『綺麗』だと思ってたけど……今日のルーナ、可愛い」

 あ、あ、ああ、もう。どうして、この人は……この、方は。
 こんなにも、私の事を甘やかして……くれるのでしょうか。
 無意識の内にノクティス様から離れて、きゅっとシーツを掴んでいた手を、再びノクティス様へと伸ばして、きゅっと抱きしめる。隙間なく埋められたノクティス様との距離。ノクティス様は、むき出しとなった私の肌に、舌を這わせる。そして、白い肌に赤い華を散らしていく。吸われる度に、こそばゆく感じる。だけど、微塵も辞めてほしいとは思わなかった。
 むしろ。もっと、触れてほしいと思ってしまう。快楽の熱に浮かされて、普段とは違って欲深しく、それでいて厭らしくなってしまった。ノクティス様に抱かれる前は恐怖と不安の二つの感情が入り混じっていたというのに――今はもう、不思議と怖さは抱いていなかった。これより先に、進みたいとさえ思っていた。
 ……それは、きっと。やっぱり、この人だから。唯一、私に安寧と幸福を届けてくれる方だから。ノクティス様、だから。
 伸ばしている腕の力を強くする。
 好き。大好き。……愛している。今、私を甘く、優しく抱いてくれる、ノクティス様が。言葉では言い表せない感情を、あふれ出てくる思いを伝えようと、指先に力がこもった。
 ノクティスは、ルナフレーナのその思いに気づき、応える。離れていた唇を再度、重ねる。何度も、何度も。
 胸に添えられていた手を更に下へと滑らせば、辿り着く誰も知らない秘密の場所。ショーツの上に、右手がそっと添えられるように触れられる。きっと、ノクティス様は気づいているのだろう。ノクティス様がわたしに触れる度、身体が反応するのと同時に下腹部に熱が籠り始めていることを。ずくん、と脈を打っていたことを。
 細い指で滑らすように動かされる。つぅとショーツから行ったり来たり。時折、下着の上からでも分かるくらい尖ったものをくにくにと弄られる。誰にも――自分ですら、触れたことのない場所を今、ノクティス様が触れている。
 熱い。熱くてたまらない。自分で触れなくても、分かる。とろけそうなほどの熱を帯びていることを。
 くちゅくちゅと湿った音が静寂した部屋に響き渡る。ルナフレーナは聞いたことのない、それでいて今この水音を出しているのが自分だと思うと、羞恥のあまり、ぎゅっと目を瞑る。視界が閉ざされると、感触がより鮮明になる。ノクティスの指の形を直に、感じる。円を描くようにして指を動かしながら、裂け目を徐々に拡げていく。それがルナフレーナにとっては媚薬となり、頭の芯を痺れさせる。ノクティスの頭を抱きながら、甲高い声を上げてしまう。

「うっ……んぁっ、……ん、ふ……」

 ノクティスは自分の手によって快楽に溺れ、甘い声を奏で続けるルナフレーナの表情に視線を落とすと、溢れ出る感情のまま、ルナフレーナの唇を貪る。その声すら、自分のものにしたいと思ったが故の行動だった。
 お互いがお互いを貪欲に求め合うキスを繰り返しながら、ショーツの隙間からノクティスが指を差し入れる。茂みをかき分けて、直接、その手が秘部へ触れる。小刻みに撫でさすりながら、ぷっくりと尖る蕾も擦られる。途端、キスの最中だと言うのに、ルナフレーナは声高く喘ぐ。今までにない甘い毒が体中を駆け巡る。背中が跳ね上がり、弧を描く。

「あっ、ノク、ティス……さ、ああぁッ!」

 待って、待って。と言う代わりに、頭に回していた手を両肩に添えて、覆いかぶさるノクティス様を少し押し返そうと思ったけれど、呆気なくその力は消失してしまった。何故なら、蕾に触れながら、つぷり、と花弁の奥へと指を差し入れたからだ。どの指かは、分からない。分かるのは……その指がノクティス様の指というだけ。

「んあ、あぁぁ、あっ、あっ……!!」

 今まで感じたことのない感覚が襲い掛かる。ちゅぷちゅぷと卑猥な音を轟かせて、指の抽送が施される。指が奥へと差し込まれるだけで、「ああっ!」とあられもない声が出てしまう。手前に戻されるだけで、秘所がじんじんと発熱する。目の前で掴んでいる肩の力を強くしようにも、どうにも力が入らない。
 最初は、確かに痛みを感じていた。その痛みから逃れようと、ノクティスを押し返そう試みた。しかし、抜き差しを繰り返されているうちに、その痛みは……どこかへと消えてしまっていた。

「んぅ、んっ、んっ……!」

 気づいたら、期待と快楽を求めてか、自ら腰を跳ねさせていた。ノクティスを誘うように、身体をよがらせている。絶えず、例えようのない快感にルナフレーナは襲われていた。
 ふいに、ノクティスがルナフレーナに視線を落とす。その瞬間、交錯する双眸。それが合図となり、再び重なる二つの唇。先ほどから、キスを繰り返してばかりいるから、お互いに唇がぷっくりと腫れてしまっている。それが却って、お互いの瞳に、煽情的に映り、二人は欲に駆られたままお互いを求め合う。まるで、元から一つであったかのように。溶け合うかのように。
 指を花弁の中へと沈められ、丹念に内壁を擦りあげられる。同時に、それに倣うように、ねっとりとお互いの舌が絡み合う。舌からの愛撫に、指からの愛撫。どちらの感覚も鋭敏すぎて、快感がどんどん高みを目指していく。

「ルーナ……きもち、いーか?」

 キスの合間に、熱い息をと共にそっと囁かれる。今のわたしは、たった一つの吐息ですら、媚薬へと成り代わる。

「はぅ、あ、はっ……い……! きもち、よくて、わたし、わたし……ッ」
「ん……?」
「おかしく、なって……しまい、そう、です……!」
「いーよ。オレが全部……ルーナを受け止めるから」

 その瞬間。キスも、何もかも。深くなる。激しくなる。一番反応する箇所を探り当てたノクティス様は、執拗にそこを攻め立てる。上も、下も。その間、ずっと、私は甘く喘ぎ続けた。

「あ、んっ、ふっ、ぅう……あぁっ、」

 行為の中で、声を出すと――自ら興奮すること。そして、ノクティス様も嬉しそうに表情を綻ばせることが分かった。わたしが甲高くあられもない声をあげると、ノクティス様の深い蒼がいっとう深みを増す。その瞳に見つめられると、それだけで、わたしは体に熱を帯び、涙をこぼして、目の前の人物に縋りたくなる衝動に駆られる。まさに、今が、その瞬間だった。
 そして、その衝動が頂点に達した瞬間。

「ぁぅ、あ、あ、あーッ、んあぁッッ!」

 強い閃光が目の前を駆け巡る。ちかちかと火花が散る。一際、大きな声で啼き、身体をびくびくと震わせた。はーっ、はーっとわたしの荒い呼吸だけが部屋中に響いていた。それが恥ずかしくて、今すぐにでも、この乱れた呼吸を整えたかった。だけど、生まれて初めて迎えた絶頂。そう簡単に、身体が落ち着くことはなかった。火照った身体が熱くて、たまらない。
 意識が混濁していて、はっきりしない。とろんとした瞳で、覆いかぶさるノクティスを見つめればノクティスの喉元が大きく上下に動いた。ごくりと生唾を飲み込む音が、微かに耳元へ届いた、気がした。

「ルーナ、大丈夫か?」
「あっ……ノクティス、さま……」

 いつの間にか、ノクティスの頭を離れて空を彷徨っていた手を掴まれ、ぎゅっと力強く握られる。お互いに、しっとりと汗ばんだ手。繋がった先から心地の良い温度が伝わる。
 繋いでいない方の手で、汗で額に張り付いている前髪を退けると、そこにそっとキスが落とされる。先ほどまでの激しい行為から一変して、慈しむような優しいキス。もどかしく感じる一方で、その優しさを嬉しく思い、それが雫となって頬を伝った。

「無理、させちゃったよな。わるい……歯止め、きかなくて……」
「いいえ、そんなこと……ありません。きもちよかった、ですから」

 微笑を浮かべながら、空いている手で、ノクティス様の頬に触れる。その瞬間、自分の中で愛しさがあふれてやまなかった。いつでも、どんな時でも、わたしのことを気にかけてくれるノクティス様が、好き。本当に、大好き。好きの言葉だけじゃあ、表現ができない。
 ――だから。
 ノクティス様がわたしを受け入れてくれたように、私も……ノクティス様を、受け入れたい。
 落ち着いていた心臓が、再び忙しなく動き始める。どくんどくんと大きく鼓動し始める。直ぐ傍にいるノクティス様にも聞こえてしまうのではないか。それくらい、心臓が野獣のように暴れていた。
 わたしから、誘うなんて、はしたなく思われるかもしれない。でも、ノクティス様に限って、そんなことはない、はず。だけど、万が一ということもある。だとしても、それでも、わたしは――。
 わたしの中に芽生えた気持ちを、ちゃんと、ノクティス様に伝えたい。
 羞恥心に怯むことなく、負けることなく、ルナフレーナはそれを言葉にした。

「あの、ノクティスさま、」
「ん。なんだ、ルーナ」
「わた、わたし…………ノクティス様が、ほしい、です」

 噛んでしまったけれど。ノクティス様の反応が怖くて、ぎゅっと目を瞑ってしまったけれど。……ちゃんと、伝えられた。だけど、捨てたはずの羞恥心がじわじわと忍び寄ってきて、あっという間に、頬が熱を帯びる。
 言ってしまった。言って、しまった。ノクティス様はどう思われただろうか。視界を閉ざしてしまったから、ノクティス様がどういった表情を浮かべているのか分からない。どういった表情を浮かべているのだろう。もし、戸惑った表情を浮かべていたら、その時、わたしは――と、思考がマイナスの螺旋を描き始めた頃、ぽすんと顔の横に、何かが埋まる音が聞こえた。何か、と言っても、ノクティス様とわたししかいないのだから、それが、ノクティス様の頭であることは直ぐに分かった。

「ノクティス様……?」

 顔を僅かに傾けて、視線を遣れば、枕に顔を埋めながらちらりと視線を覗かせるノクティス様と目が合った。熱を孕んだ瞳で見つめられて、とくんと一つ胸が震えた。

「初めてだし、今日はさすがに……ここで終わりにしようと思ってたんだけどな」

 繋がっている手の力がぎゅっと強くなる。

「ルーナ。その発言は、反則」
「だ、だって……わたしも、ノクティス様のことが、欲しくなってしまったんですもん……」

 目と鼻の先でノクティス様の微笑をのぞくことができて、思わず動揺してしまう。鏡を見なくても、今、自分の顔が真っ赤に染まっていることが容易に想像つく。
 恥ずかしさのあまり、一瞬だけ視線を逸らしていたが、再び、ノクティスの方へと視線を向ければ、ノクティスが射抜くような瞳でルナフレーナを見つめていることが分かる。穏やかな空気が一変して、耽美なものへ様変わりする。

「……ルーナがいいって、言うならするけど……本当に、していいのか?」

 再度、確かめるように尋ねられる。返事をする代わりに、繋がっている手の力を強く握れば、軽いキスが降ってきた。
 ノクティスは繋いでいる手を離すや否や、片手をルナフレーナの耳の横につき、もう片方の手で蜜がしとどに溢れている花弁に手を伸ばす。その中心に指を伸ばし、拡げると、ノクティス自身をあてがう。その瞬間、びくりとルナフレーナの身体が反応する。「やっぱり、辞めとくか?」と尋ねてきたが、その問いに対し静かに首を横に振る。じっと、強請るような瞳でノクティスを見つめれば、ふ、と笑みが零された。「じゃあ、ルーナ……オレの背中に手を伸ばして」と言われる。促されるまま、背中へと手を伸ばせば、「苦しかったら、遠慮なく、しがみついていいからな」と囁かれる。
 そうして。腰を動かし、先端が蜜と絡まる。たった、それだけで背中へと回している腕の力が強くなり、眉間にしわが寄ってしまう。
 今までの愛撫は、全部、この時のために施されたもの。じっくりと時間をかけて、固くなっていた身体を解してくれた。甘くてぬるま湯のような快楽の海に浸らせてくれた。だけど、やっぱり、初めては……どうしたって言いようのない恐怖が襲ってくる。ノクティス様が怖いんじゃあ、ない。ただ、単純に未知の領域に踏み込むことに対して、恐怖感を覚えるのだ。
 その感情が指先から伝わったのか。ノクティスは優しく微笑むと、ルナフレーナと深く唇を重ねた。それに合わせて、ゆっくりと探るような動作で先端を孔に押し当て、ちゅぷと音を立てて自身をルナフレーナへと埋めた。

「んっ、ああ、あああっ……!!」

 途端に駆け巡る電流。今まで感じたことのない感覚がしとどに押し寄せてきて、目の前にいる人の背中に必死でしがみつく。強く捕まっていないと、自分が自分ではなくなってしまうような感覚がする。それは、ノクティス様も同じだったみたいで――二人して、熱い吐息を漏らす。

「は……あっ、」
「んっ、ふぅっ……!」

 吐息すらも快感となり、ぞわぞわと身体が震える。何も、考えられない。考えられるのは、ノクティス様のことだけ。ノクティス様だから、今は痛みしか感じられない行為も耐えられる。縋るように、ノクティス様の背中を掴む。

「ルー……ナ、大、丈夫か?」

 問いかけに対して、こくこくと頷く。本当は声に出して、大丈夫ですと伝えたいのだけど、口を開けてもあられもない声しか出ないので、ノクティス様を安心させるかのように、何度も頷いた。
 ノクティスはそんなルナフレーナを見て、一瞬だけ目を細めると、男の顔を表情へと浮かべる。そして、みちみちと音を立てて更に奥へと埋めていく。ある程度まで、進めたらゆっくりと戻り、また奥へと進める。それを何度も繰り返していると、次第にルナフレーナの声色が艶色を帯びていく。

「あっあっあっ……ああっ、ひゃんっ」

 痛みは僅かに残るけれど、それよりも段々と快楽が勝ってきている。これはきっと、抽送の中、ノクティス様が丁寧に愛撫をしてくれているから。時折、耳朶を甘噛みされて、愛を届けるように、「ルーナ」と色っぽく名を呼ばれるから。そして、わたしが僅かに反応した感じるところを逃さず、丁寧に何度も擦ってくるから。
 愛されている。わたし、いま、ノクティスさまから、愛されている。それが、行為一つからとくと伝わってきて、涙があふれ出す。この雫は、快感からくるものなのか、歓喜からくるものなのか。判断はつかなかったけれど、恐らく、両方なのだろうと思った。

「あっ、ひぁっ、んっ……ノク、ティス、さま……!」

 繋がっている箇所から、蜜があふれ出してやまない。収まりきらない蜜がつぅと足の付け根から太ももへと伝っていく。その間も、ずぷずぷと腰を揺すられ、内壁を刺激される。気づいたら、花びらはノクティスを根本まで咥え込み、花園に誘われるまま、何度も奥を突く。その度に、ギシギシとスプリングのばねが響き、思考を鈍らせていく。突き入れられるものによって、着実に、そして、確実に高められていく。ルナフレーナだけでなく、ノクティスもそれは同じだった。

「なぁ、ルーナッ……聞いて、欲しいことが、あるんだけど、」
「んっあっ、なん、です……か、ああっ」

 必死でノクティス様を見上げれば、激しい行為がぴたりと止まり、何かを堪えるような表情を浮かべながらも真剣に、わたしのことを見つめているノクティス様と目があう。格好よく、それでいて艶やかに見えて、繋がっている部分がいっとう熱く感じた。そして、ノクティス様の口からその言葉が聞こえてきた瞬間、刹那的に、時が、止まったような気がした。

「ノクトって、呼んで……くれないか」

 静かな部屋に、その言葉はよく、響いた。
 懇願を映した瞳で、見つめられる。ぽたり、と一つ汗が落ちる。それが口元に落ちたものだから、塩辛く感じた。
 いつも、だったら、恥ずかしいです、だとか。またの機会に、だとか。言って、逃れるのだけど。そんな瞳(め)で見つめられたら、わたし、は。わたしは。
 ルナフレーナは何度もまばたきを繰り返して。荒れる呼吸を何とか整えて。じっと、潤んだ瞳でノクティスを見つめる。そして、最初から、そう呼んでいたかのように、それを音に乗せた。

「……ノク、ト」
「ルーナ、」

 自然と重なり合う、二つの唇。ノクトの唇が、優しく、そして、激しくわたしの唇と組み合わせる。角度を変えて、二人の間にある隙間という隙間を埋める。二人の体温が溶け合い、一つになっていく。それが可視化された愛情のように思えて、涙をこぼしてしまうほど、幸せに思える。愛する人を無性に抱きしめたくなって、本能に抗うことなく、強くかき抱く。
 再び、ノクティスがルナフレーナの中へ、自身を打ち込んでいく。大きく、身体が揺さぶられる。もう、お互いに、限界が近かった。

「ノク……んっ、ん、んぁっ!」
「ルー、ナッ……!!」

 終わりに向けて、腰を振られる。ノクティスの高まりに合わせて、ルナフレーナも次第に限界へ向かい、内側の壁を強く締めつけ始めた。それと同時に、ノクティスは背中へ回されているルナフレーナの腕を解くや否や、片方ずつ、一本一本指を絡め合わせ、しっかりと手を繋ぐ。シーツに縫い付けるかのように、力強く、手を握る。

「あっあっ……んッ……んんぁっ、ノクト……ッ、」
「はっ……ふ、ルーナ……!!」

 一心不乱に擦られて、ガクガクと脚が揺れる。もう一度、来る。あの、なんとも表現できない快感、が。でも、一人じゃなくて、二人、一緒なら。なにも、こわくない。こわく、かんじない。むしろ――。
 瞳に、そう映せば、ノクトも同じことを考えていたのか。ぎゅうと、強い力で手を握られる。そして、示し合わしたかのように、共に白濁した世界に意識を潜らせ、快楽の先に、その身を投じた。



 ふと、目が覚めたら、白いシーツの上で大好きな人の腕に包まれていることに気が付く。目が覚めて、最初に視界に映るのが愛しい人であることに、この上ない喜びを感じる。さらに温もりを求めて、ルナフレーナが二人の隙間を埋めるように、もぞりと身体を動かす。ぴたりと体同士をくっつけさせ、触れた先で囁くように、「好きです」と、四文字の言葉を紡ぐ。すると、背中へ伸ばされている腕の力がぎゅっと力強くなった。そろそろと目線を上げれば、既に起きていたノクティスと目が合った。

「先に、起きて、いたんですね」
「起きていたというよりは、寝てないな。ルーナが寝てる間、ずっとルーナの顔を見てたわ」
「え……ええっ……!?」

 予想外な科白が耳に届いて、素っ頓狂な声を上げてしまう。頬に熱を感じる。先ほどまで、寝顔を見られることよりもずっと恥ずかしい行為を二人でしていたというのに。
 それは、ノクティスも思ったのか、「そんなに恥ずかしがることか?」と尋ねてくる。対し、ルナフレーナは「恥ずかしいですよ!」と顔を真っ赤に染め上げて、肯定する。ノクティスの腕の中、両手で口を覆う。そして、目を僅かに鋭くさせて、ノクティスを見つめる。

「……意地悪ですね」
「ルーナの寝顔が、可愛いのが悪い」
「も、もう!」

 砂糖のような甘い言葉を紡がれて、羞恥のあまり、軽くノクティスの身体を叩く。
 さっきも、今も、そう。わたしばかり、ノクティス様……ううん。ノクト、から、あふれんばかりの感情を享受している。わたしも、ノクトに、伝えたいのに。どうやったら、伝えられるだろう。どうやったら、知ってもらえるだろう。わたしが抱いている、この感情を。
 先ほどの余韻に浸っている頭をフル回転させれば、ある一つの考えが閃く。そして、一寸の躊躇いもなく、ルナフレーナは思いつくまま、行動に移した。
 じっと上目遣いで、ノクティスを見つめたかと思いきや、そのまま「ノクト」と小さく、優しく名を呼ぶと、自らの唇をノクティスのそれに寄せた。何度も、繰り返されたものだが、ルナフレーナからノクティスに対して、率先してするのは初めてのことだった。途端に、大きく目を見開くノクティス。今度は、ノクティスの頬が赤く染まり、口を押える番だった。

「ルーナ……だから、それは反則だって」

 それは、お互い様ですと言えば、そうだなと微笑う声が耳に届く。その声色は、とても心地よいものに、聞こえた。



material from 0703 | design from drew | 2018.01.30 minus one