Hyde and Seek
「ノクティス様? ノクティス様? どこにいらっしゃるんですか?」いつまでも聞いていられる、ソプラノの声が聞こえる。恐らく、その優しい声の持ち主であるルーナは、もう僕の近くまで来ているのだろう。耳を澄ませば、ルーナが庭園の隙間を脱用に敷かれている砂利を踏む音までもが耳に届いた。
どくんどくんと心臓が大きく脈を打ち始める。縮こまって、両足を抱えている手に入れている力がぎゅっと強くなっていく。元から小さい身体を、さらに、さらに小さくさせる。
テネブラエの庭園にあるツツジの茂みに、その身を隠しているけれど、ルーナは見つけてくれるのだろうか。それとも――。
ルーナの足音が、徐々に大きくなっていく。目を開けていられなくなり、思わず、視界に暗闇を落とす。自分の心臓の音がやけに大きく響き、身体中に血液が盛んに流れて、夏でもないのに身体が熱く感じられた。同時に、ツツジの香りが、強く匂った。
足音が止まると、暗く覆われている視界が、いっとう暗くなる。今はまだ太陽が高く昇っている時間だから、まぶたを閉じても、僅かに光がそこに差し込んで、明るく感じられる筈なのだけれど。
もしかして、と、胸の奥から期待を湧き上がらせながら、視界に光を取り込む。いの一番に、飛び込んできたのは――全てを包み込むかのような、白だった。そして、自分にとって、見覚えのある色で、焦がれていた色だった。
震える唇を抑えようと、その下唇を噛みつつ、恐る恐る、その顔を上げる。すると、屈みながら、僕の顔を窺うルーナと目があった。安堵の表情を浮かべているルーナは、その細い足を曲げているため、しゃがんでいる僕と視線の位置が同じだった。
「見つけましたよ、ノクティス様」
「ルーナ……、」
ルーナは辺りをきょろきょろと見渡し、近くに放置していた車椅子を見つけると、それを目の前まで持ってくる。そして、僕に向かって、手を差し出してきた。その柔らかな手に触れて、促されるまま、車椅子の上に座る。ツツジが咲き誇っている茂みに、長らく囲まれていたため、その残り香が鼻孔をくすぐった。
ずっと、座り込んでいたから、少し足がしびれてしまった。元から、足の調子が良くないと言うのに、これで悪化してしまったかもしれないと思っても、後の祭りだ。
……それでも、後悔はなかった。
ルーナが僕の車椅子を押しながら、宮殿へと向かう路を辿る。ルーナも僕も、開口しないので、静寂が僕たちの間に訪れる。キコキコと車椅子が回転する音が、支配していた。
ふわりと、服に残っていたツツジが香った瞬間、その密やかな空気に耐えられなくなって、衝動的に、ルーナの名を呼んだ。
「ねぇ、ルーナ」
「どうかしましたか、ノクティス様?」
声を聞いて、ルーナが、その足を止める。必然的に、僕も止まる形となる。
勇気を奮って、もう一度、重々しいその口を開けた。
「……どうして、こんなことをしたのか……きかないの?」
「気になると言えば、気になりますけれど、ノクティス様がお話したくないのであれば、無理にきくつもりはありませんよ」
後ろにいるから表情が見えないけれど、ルーナは、いつも、僕に向けるような笑みを浮かべている。そんな気がした。赤子に聞かせるような声色が、それを証明していた。
ルーナのその優しさを感じることができたのが、嬉しくて。気づいたら、本心が唇をつついて出てきていた。
「…………ルーナに、探して欲しかったんだ」
「わたしに、ですか?」
「うん。ここ最近、ルーナが忙しくて、全然会えていなかったから……ルーナにかまって、ほしくて」
だから、宮殿を飛び出して、庭園の茂みにその身を隠した。車椅子に座ったままだと、隠れる場所が限られてしまうから、痛む足を引きずって、茂みの間に座り込んだ。
どきどきしながら、金色と白色を待っていた。探していた。
「自分から隠れておいて、だけど……ルーナが探しに来てくれなかったら、どうしようって、ずっと不安に思ってた」
「……」
「だから、ルーナが僕を見つけてくれた時……うれしくて、たまらなかった」
ぽつり、ぽつりと本心をこぼしたけれど、これを聞いてルーナは、どう思ったのだろう。胸の内で、期待と不安をごちゃまぜになる。さながらルーナを待っている時のように、心臓が大きく震え始める。
膝の上で、小さく握り拳を作りながら、ルーナの返答を待つ。どんな言葉が上から降ってくるのだろうと思っていた。しかし、予想に反して、もたらされたのは、小さく笑う声だった。そして、間髪入れずに、言葉が紡がれた。
「ノクティス様。そんな不安を、もう感じる必要はありませんよ」
「どうして?」
これもまた、予期していなかった言葉だったので、思わず目を大きく見開いて、後ろを振り返る。視界には、目を細めているルーナの姿が映った。
「わたしは、いつでも……いつまでも、ノクティス様のお傍にいますから」
だから、安心してください。ノクティス様。
ルーナの口から届けられた言葉が、すぅと身体に浸透していく。欲しかった言葉をくれて、ルーナが見つけてくれた時以上の幸せが舞い込んできた。
つられて、破顔すれば、そこにはもう微塵も不安は残されていなかった。
身体に纏わりついていたツツジの花の匂いは、いつの間にか消えていた。