LOSER

「ノクティス様なんて……もう知りません!!」

 突如、廊下にも聞こえるくらいの声量で叫ぶ声が耳に届いたので、思わず持っていた資料を落としてしまった。バサバサと音を立てて、地面へと真っ逆さまに落ちていった資料を拾おうと腰を屈める。真っ赤な絨毯に落ちていったそれらを、丁寧に、ひとつひとつ拾いながら、聞こえてきた声をプロンプトは脳内で反芻した。
 心地の良いソプラノで、小鳥の囀りを思わせる声を持っているだけでなく、ノクトの私室に入れて、ノクトのことをノクティス様と呼ぶ人物で、該当するのは――この世でたった『一人』しかいない。
 ……もしかして。もしかしなくても。
 しかし、とプロンプトは眉間に皺を寄せる。
 いつも温厚で穏やかで、一度視線が合えば、心臓が掴まれる感覚に陥るような微笑を浮かべる、『あの方』が……先の言葉をノクトに告げるだろうか。
 そう思ったのも束の間、バンッと言う激しい音を立てて、ノクトの部屋から一人の女性が飛び出してきた。そして、その白くて、細い指で目尻を抑えながら、オレが居る方向とは別の方へ、駆け出していった。その後ろ姿は、よく見知った『人物』のものであり、先程、脳裏で予想した『人物』でもあった。
 目を点にしながら、視線を彼女の後ろ姿とドアへ、交互に送る。
 一体全体……何が起きたのだろうか。
 今、目の前で生じた出来事が、あまりにも現実からかけ離れていた為に、夢でも見ているのではないかと思ってしまう。まさか、あの、『ルナフレーナ様』があんな荒げた声を出されるなんて――。
 地面に落ちていった資料を拾い終わり、それを抱えたまま、そのまま問題の部屋へと向かう。扉は開きっぱなしになっているものの、形式上、資料を抱えていない手でコンコンとノックする。そして、部屋の中を、色素の薄い虹彩に映す。
 先ず目に入ったのは、座高よりも、うんと高い位置まで背もたれを有する椅子だ。その後ろには、大きな窓ガラスから燦々と太陽の光が、部屋を明るく照らしている。逆光でよく見てないが……部屋の主が、その椅子に座りながら、所狭しに、資料に囲まれている机の上で突っ伏していることだけは、よく窺えた。

「今……ルナフレーナ様が、走って出て行ったのを見ちゃったんだけど、何か、」
「何もねぇよ」

 言うよりも先にノクトが応えてしまった。その声色は不機嫌なようにも思えて、落胆しているようにも聞こえた。

「何もなかったら、あのルナフレーナ様が声を荒げて、人目も気にせず、城内を走ることなんて、ないと思うけど?」
「……」
「ノクトー……一体、何をやったのさ」

 言いながら、ここに来た本来の目的――手に持っている資料をノクトに渡す――を果たそうと、机の方へと足を運ぶ。目の前まで来ると、ノクトに纏わりついている空気が重いことがよく分かった。ここだけ、空気が悪く、息をするのも憚れそうな勢いだ。そして、ここまで、ダメージを受けて、落ち込んでいるノクトの姿を目にするのは、初めてのことだった。
 ノクトは、ゆっくりと突っ伏していた顔を上げて、口を真一文字に結んだまま、オレの手から資料を受け取る。奪い取らなかったことから、ノクトの中にはまだ理性が残されているのだろう。どうやら、感情の一辺倒には、なっていないようだ。
 イグニスから言われたまま、この資料を持ってきたけれど、何に関する資料かは見ていない。渡す際にちらりと視線を落とせば、そこには、『ガラード地方における復興支援』と書かれていた。
 ガラードと言えば、帝国に侵略され、難民と化した人々の一部が『王の剣』に配属され、そこで活躍していたイメージがある。そして、先の戦争において、多くの被害が出た地域だ。帝国の脅威も無くなり、星を脅かす病も消え去ったから、ノクト――ルシス王国は、本格的に復興支援を始めるつもりなのだろう。
 ノクトの表情から鑑みるに、これ以上、先の件について訊いたところで、返答は返ってこないだろう。そう思い、ふうと息を吐いて一拍置いてから、話を変える。

「……ノクト、ガラードに行くつもりなの?」

 今まで見たことがないくらい、気落ちしているので、もしかしたら、ルナフレーナ様に関すること以外でも、答えてくれないかもしれないと思っていた。しかし、予想に反して、ノクトは答えてくれた。

「ああ…………本格的に……復興支援する前に……下見に……ちょっとな、」

 その声は恐ろしく小さく、途切れ途切れだったけれど。
 蒼の瞳は、オレを捉えておらず、所在なさげに明後日の方へ向かれていた。どうやら、先ほどのルナフレーナ様とのやりとりが相当、堪えているようだ。正に、心、ここにあらず。ノクトの口からは絶え間なく、溜め息が吐き出され続けている。
 ノクトか、ルナフレーナ様か。どちらが悪いのか分からないけど、ノクトが激昂していない時点で(ルナフレーナ様に対して、ノクトが激昂するとは思えないけれど)、どちらに非があるのか想像に難くない。
 早く謝っちゃえばいいのに、と思いながらも、そう言ったら言ったで、「わかってるよ」とぶっきらぼうに返されるのが、目に見えていた。昔に比べたら、素直に感情を告げられるようになったとは言え、世間一般の人々から比べたら、まだまだ、自分の感情を率直に告げられない性分を持ち合わせているノクト。
 さて、ノクトが折れて、ルナフレーナ様の元に行くまで、どれくらい掛かるだろうか。
 そんな予想を立てながら、気落ちしている王様に、「じゃあ、オレは資料を渡したからね。ちゃんと、見ておいてよ」と声をかけて、部屋を後にした。これ以上、声をかけつづけても、右から左へ流すのが火を見るよりも明らかだったからだ。


◇◇◇


 あれから早くも一週間が経つけど、この一週間、ノクトはルナフレーナ様と会っていない。
 あの日以降、ルナフレーナ様単独の御公務が立て込んでいるというのもあるだろうが、それだけだったら、一週間も顔を合わせない筈がない。ルナフレーナ様は恐らく……否、絶対、ノクトを避けているのだろう。それを証明するかのように、お休みになられる時、ルナフレーナ様は、今、自室で過ごされている。以前までだったら、二人の部屋でお休みになられていたのに――。
 ……本当に、一体、何をやらかしたんだか。余程のことを、したに違いないと予想する。
 一週間前も思ったが、自分に非があると言うのならば、早く謝ってしまえばいいのに。ノクトがたった一言、「ごめん」と謝辞の言葉を紡げば、この事態は収束するだろう。しかし、ノクトも変な所で、頑固だ。この現状から考えると、自分から謝らないと一度決めてしまったら、ルナフレーナ様が折れるまで、自分の姿勢を曲げないつもりなのだろう。
 実際の所、二人の間に、何が起きたのか分からない。ノクトに非があると予想しているが(やっぱり、あのルナフレーナ様がノクトに対して非のある行動をするとは、どうしても思えない)、実際は異なるかもしれない。オレは、その事件の直後に居合わせただけで、あくまでも第三者の立場に過ぎない。
 だからこそ、言わせてほしい。
 今回の事件、当人たちは、自分たちだけの問題だと思っているのかもしれない。それは、いい。それは、いいんだ。
 だが、しかし。
 政務に、私情を持ち込むのだけは、お願いだから……勘弁してほしい。
 当の本人であるノクトは、この一週間、張った声を出しているところを見ていない。視線は、大抵、斜め下に向かれている。数秒に一度、溜め息を吐いている。国政に関する資料を読むときだって、頬杖をついている始末だ。なんとか、政務をこなしているが、そのスピードはいつもの十分の一にも満たない。文字通り、魂が抜けている。
 この現状を打破しようと、イグニスやらグラディオやら、ノクトのお目付け役二人がノクトを叱咤するが、ノクトは聞く耳を持たない。その様子を見て、イグニスとグラディオの二人が、顔を合わせて肩をすくめたのは……記憶に新しい。
 昔馴染みの二人が告げても、元のノクトに戻らないならば――最終手段は一つだ。
 プロンプトは、ごくりと唾を飲み込む。そして、恐る恐る、目の前のドアをノックすると、中から、「どうぞ」と言う声が届いた。

「し、失礼します……!」

 緊張のあまり、声が裏返ってしまって、思わず頬が赤く染まる。おずおずと、その扉を開けて、中に入る。
 真っ直ぐ視界に飛び込んできたのは、『白』だった。身に纏っている服が白いこともあるが、雪のような純白を思わせる肌の色に、思わず目を疑ってしまう。その肌の色に負けず劣らず、櫛で梳いても引っかかることがないであろうサラサラの見るものを魅了する金髪を持ち合わせていて、微笑を浮かべている、そのお姿は、この世の『美しさ』を凝縮したといっても過言ではないくらい……綺麗だった。白い縁のソファに腰をかけながら、その傍にいるプライナと撫でており、一枚の絵画のような『美』が、そこにはあった。
 手足が一緒に出ないよう、努めながら、向かう。心臓が今までにないくらい、早鐘で打ち始めていた。
 近くでお会いする時は、常にノクトかイグニス、グラディオがいたので、二人きりはお話するのは初めてだ。こんなにも、美の女神――アフロディーテに匹敵するような人と、至近距離でお話するなんて、大丈夫だろうか。と、そんな不安を感じても、今更だ。
 ガチガチに体を緊張させながら、目の前まで赴くと、その足を止める。そして、一礼するなり、此処に来た目的を、震える声で告げた。

「夜分遅くに、失礼します。ルナフレーナ様。本日は……、」
「ノクティス様のこと、ですよね?」
「え、ええ……そうですが、どうして、ノク……陛下のことだと、お分かりに?」

 いつもの愛称で呼びかけたが、寸前で言い換える。ルナフレーナ様は、オレとノクトの関係を知っているから、気にはしないだろうが、けじめはつけなければならない。今、オレは臣下として、ノクト――陛下のお妃様の元に、来ているのだから。
 自身の問いかけに対して、ルナフレーナ様は、視線を合わすことなく、傍らで眠っているプライナの頭を撫でながら、その小さい口を開いた。

「1時間程前ぐらいにイグニスさんが、30分程前にグラディオさんが、その件でいらっしゃったので……プロンプトさんも、そうかと思いまして」
「そう、でしたか……」

 返答を聞いて、思わず頭を抱えそうになる。頬に、たらりと一筋の汗が垂れた。
 オレが、せっかく勇気を奮って、ルナフレーナ様の元へ赴いたと言うのに!
 二人とも……いや、三人とも、同じことをするなんて、バカじゃないの、オレら!?
 ――とは、ルナフレーナ様の前で言えず、ひくひくと引きつらせていた表情を何とかして元に戻す。

「それは……お手数をおかけして、申し訳ありません。ですが、二人から話をうかがっているなら、もう、用件はお分かり、ですよね?」
「…………わたし自ら、ノクティス様の元に行って欲しい、ということですよね」
「は、はい」

 すうと伏せられた瞳から、哀愁が漂ってくる。その雰囲気ですら、美しくて思わず呑まれてしまいそうになるが、ここでルナフレーナ様側へとついてしまったら、目的は達成できない。毅然とした態度で、理由を告げる。

「陛下は、ルナフレーナ様とお会いしていないこの1週間、国政に、支障をもたらしています。今回の一件は、お二方の問題かと存じますが……陛下に非があったとしても、ルナフレーナ様の方から、陛下の元へ伺って欲しいと思います」
「……皆さんの言いたいことは、分かっています。分かっている……つもりです。ですが……こればかりは、わたしも譲れないのです」

 俯いていた顔が上げられ、二人の視線が交錯する。目と鼻の先に、ルナフレーナ様のお顔があって、無意識に息を飲む。唾を飲み込んで、跳ね上がった心臓を、どうにか落ち着かせる。

「差し支えなければ……その理由を訊いても、よろしいですか?」

 問いかけに、ルナフレーナ様はこくりと頷いた。

「プロンプトさんは、今回、ノクティス様がガラード地方を視察するお話はご存知ですか?」
「はい……何でも、本格的に復興支援に着手する前に、一度、下見に行くそうですね」
「それを聞いて、わたしも同行することをノクティス様に、お願いしたのです。ガラード地方は、ゆかりある人の故郷なので……一度はちゃんと、この目に写したいと思いまして」
「ゆかりある人――もしかして、ルナフレーナ様が王都襲撃の際に、助けてくださった王の剣の……」
「はい。その方が居なければ、わたしはレギス様から指輪を受け取り、王都を脱出することは叶いませんでした。ですから、その方が眠るところへ同行することをお願いしたのですが……」
「陛下は了承しなかった、と」

 ルナフレーナ様は何も答えない。だが、この場での無言は肯定を表すだろう。再び、瞼がすうと伏せられる。

「シガイが現れなくなったとは言え、危険が残っているかもしれない地域です。そこへ、戦うことのできないわたしを連れて行くのは、難しいことだと、頭では理解しているんです。それでも……わたしは……」

 ルナフレーナ様から直接、話を聞いたわけではない。王都襲撃のあの時、王都でルナフレーナ様の身に何が起きていたのかは、ノクトから又聞きしたくらいだ。だから、ルナフレーナ様がどれ程、その人物に助けられ、感謝の念を抱いているのかは、想像でしか測れない。
 それでも、この表情と声色から鑑みるに……オレの想像より、ずっと、ルナフレーナ様は、その人物に特別な想い――感謝の域を超えた――を抱いているのだろう。たった一人で、あの日のインソムニアを守った男を。
 ルナフレーナ様の心意を聞いて、ノクトの元に行って欲しいと、とてもじゃないが……簡単には言えなくなってしまった。いつものルナフレーナ様は、我が強いから最も程遠いところにいらっしゃる人だ。そんな方が、これだけは譲れないということは、そこに確固たる意志があるのだろう。だからこそ、1週間も顔を合わさず、今に至るのだろう。
 ノクトも大概だけど、ルナフレーナ様も頑なな性分を持ち合わせているのが、よく窺えた。
 意地っ張りで、素直になれないノクトと思ったことを丁寧にちゃんと言葉で伝えるルナフレーナは対極に位置していると思っていたけど、案外、この二人は似通ったところがあるのかもしれない。
 ――こうなったら、もう……オレたちが言えることは何もない。
 ルナフレーナ様に折れて頂いて、ノクトと仲直りしてもらう作戦は、もれなく散っていった。成功を収めることはできないだろう。
 ふう、と軽く息を吐く。この息には、観念しましたという言葉が含まれていた。

「ルナフレーナ様のお気持ちは、よく分かりました。……これ以上は、臣下が出る幕ではないと思いますので、お二人で、話し合って解決なさってください」
「はい……プロンプトさんをはじめとして、多くの方に、ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません」

 ルナフレーナ様が眉をハの字にして、頭を下げる。そのお姿を目の当たりにして、思わず狼狽えてしまう。ルナフレーナ様のような高貴の方は、オレのような一臣下に、頭を下げてはいけないからだ。

「いえ、その……陛下がちゃんと公務を全うしてくれれば、オレ……じゃなかった、私たちも、こんな出すぎた真似をしなくて、すみましたし」

 ルナフレーナ様の頭が、ゆっくりと上げられ、再度、視線が合う。

「ノクティス様は、そんなに……その、政務を滞らせているのですか?」
「えっと……そう、ですね……あんなにも溜め息を吐きながら、政務に取り組んでいる陛下は初めて見ましたね……」

 脳裏で最近のノクトを思い返してみても、溜め息を吐いて、瞳から生気を感じられないノクトしか出てこない。いつもの何処となく強気でいるノクトを思い出そうとしても、記憶の海の中を掻き分けないと、そういった彼に出くわすことができない。
 オレの話を聞くと、ルナフレーナ様は、プライナを撫でていた手をぴたりと止めた。そして、そっと視線を逸らされた。真っ直ぐにオレを見ていた瞳は、今はもう斜め下にいるプライナに向けられていた。

「やはり……わたしが折れるしか、ないのでしょうか」
「え……?」
「このように、ノクティス様と仲違いをするのは……初めてで……もう、どうしたらいいのか……もし、ずっと、このままだったら……」

 段々とルナフレーナ様の声が震えていき、ぎょっと目が見開く。自分の中で動揺のメーターがあるとしたら、それはもう十二分に振り切られていた。
 あの、ルナフレーナ様を(直接的な原因はオレではないにしろ)、泣かせてしまった、かもしれない。瞳から雫はこぼれ出していないが、あふれるのは時間の問題だろう。
 慌ててしゃがみこんで、膝を地面につける。ルナフレーナ様の瞳に、無理やり、自分の姿を映し出すと、ルナフレーナ様の瞳は潤んでいた。それを見て、何とか、この涙を引っ込ませないといけない衝動に駆られる。
 もう、臣下としてではなく、ノクトの親友として、ルナフレーナ様に告げる。

「大丈夫ですよ、ルナフレーナ様。ノクトとルナフレーナ様の仲でしたら、ずっと、このままなんてことは、ありえないですから」
「……ですが、」
「もう何年も、ノクトの親友をやらせてもらってるオレから言わせてもらうと、ノクトはルナフレーナ様が思っている以上に、ルナフレーナ様のことを想っていますから」
「そう、でしょうか?」

 ゆるゆるとルナフレーナ様が顔を上げられる。すると、遠くの方から、此方に向かって駆けてくる足音が耳に届く。もしかして、この足音の持ち主は――。
 プロンプトは、緩やかにその表情に笑みを浮かべた。

「はい。もう、そろそろ限界だと感じて、ルナフレーナ様の元に、来ているに違いないですよ」
「限界……ノクティス様が……?」

 ルナフレーナ様の問いかけに頷くと同時に、大きな音を立てて、扉が開いた。勢い余って、扉が壁にぶつかり、バンという音が部屋中に響いた。
 ルナフレーナ様のお部屋を、こんな失礼極まりない開け方で許されるのは……この城内で、たった一人しかいない。

「プロンプト! おまえ、なに、夜更けにルーナの部屋に来ているんだ!?」
「ノクティス様!?」

 ルナフレーナ様がオレの顔とノクトの顔を交互に見比べる。どうやら、ルナフレーナ様は先ほどの足音が聞こえていなかったのか、それとも、足音がノクトだと思わなかったのか、心底、驚いているように見えた。
 「よいしょ」と小さな声で言いながら、立ち上がる。ノクトがここに来たなら、オレが出る幕はもうない。脇役は、さっさと退出して、主役に後を任せる。ここからが、主役の出番だ。
 背を向ける前に、「それでは、私はここで失礼します」とルナフレーナ様に告げた。しかし、今、実際に起きている現実が現実だと思えていないのか、耳に届いていないようだった。
 退出しようと足を一歩踏み出せば、ノクトがものすごい勢い、且つ、大股でこちらに向かってきていて、思わず、その足を止める。ノクトの表情は、今まで見たことがないくらい、怒気に満ち溢れていた。

「イグニスから聞いて、慌てて来てみたら、何で、ルーナの部屋にいる。いくらプロンプトでも、場合によっちゃあ、」
「まあまあ、落ち着いてよ、ノクト」
「この状況で、落ち着けって言うのか!?」
「もう、オレの話を、ちゃんと聞いて! ノクトが想像しているようなことは、微塵も起きてないから!」

 ノクトが訝しみながら、じっとオレのことを見つめてくる。その瞳には、「本当か?」という文字が映し出されていた。親友であるオレがこれだけ言っているのに、信用してくれないなんて……どれだけ焦燥感に駆られているのだろう。もうオレ以外は見えていないくらいの勢いで詰め寄ってきている。
 そんなノクトを見て、やれやれと肩をすくめる。

「全く……そんなに心配なら、ルナフレーナ様の元に来るのが遅いよ、ノクト」
「は!? おい、プロンプト! 話をすり替えようとすんな!」
「ひとまずオレのことは、置いておいて、さ! ノクトはオレより、話すべき人がいるでしょ 」

 顔を向けず、視線だけ後ろへとむかせる。視線の先には、おずおずとオレたちの様子を窺っているルナフレーナ様の姿があった。
 ノクトは「うっ」と声を上げながら、表情を歪めた。痛いところを突かれたようだ。

「じゃあ、オレは行くから。あとは、お二人で、ちゃんと話してね」

 すれ違いざまに、ノクトの肩をぽんぽんと叩き、ルナフレーナ様の部屋から出て行こうと試みる。そして、ドアまで辿り着くと、振り返って一礼する。

「それでは、失礼します。ルナフレーナ様」

 ドアを閉める間ぎわ、戸惑いの表情を浮かべているルナフレーナ様と頬をぽりぽりと人差し指で掻いているノクトの姿が視界に映った。
 さて、どうなることか。――予想したところで、その答えはもう分かっていた。



 あれから、数日が経って。
 インソムニアの王宮のバルコニーから、見事な復興を遂げた王都の景色を見下ろしていたとき。ふと、視線を真下に下ろすと、入り口から、この国を治めるものとそのお妃様が現れたのが分かった。二人は修復されたレガリアに乗り込むや否や、早々に王宮を後にする。

「ったく、世話がやける王様だよ」

 突如、声が聞こえて、後ろを振り向けば、グラディオが腕を組みながら立っていた。そして、その隣には、イグニスの姿もあった。

「これからもルナフレーナ様に、尻に敷かれる姿が容易に想像ができるな」
「本当にね?。まっ、オレはこうなるだろうなって最初から分かっていたけどね」
「本当、ルナフレーナ様には敵わねぇな」

 当の本人は、かつての旅の仲間がそんな話をしているとは露知らず。隣に座るルナフレーナの手をしっかり握りながら、ガラードへと向かっていた。
 


material from 0501 | design from drew | 2017.01.21 minus one