Dolce

「はやく、おいで」

 やさしく、ささやく声がきこえる。ふと上をむけば、ぼんやりとした光が見えた。

「いつも、わたしは会いたがってばかりいますね」
「それはオレも一緒。オレも――会いたがってばかりだ」

 その声をたよりにして、暗闇の中をゆっくりすすんでいく。心地よい温度にみちびかれながら、あわい光へと向かっていった。



 じわじわと湿気が身体を包み込む。張り付いてくるそれは無意識のうちに嫌悪感をもたらす。まぶたを痙攣させて、ゆっくりと視界に光をもたらした瞬間。ふわりと涼しい風が舞い込んできた。
 身体を起き上がらせることなく、視線だけ窓へと遣れば、人影がうっすらと映る。ルナフレーナの中で誰、なんて疑問は湧かない。この世で最も愛しい人を見間違える筈がないからだ。

「ノクティス様、」
「わり。起こしたか?」
「いいえ。でも、こんな夜更けに……どうなさったんですか?」

 やおら身体を起こしながら、問う。
 ノクティスは二人が眠る寝台の直ぐそばにある窓の前に佇んでいる。ぱたぱたと窓から吹く風によってカーテンが凪ぐせいで、ノクティスの姿をしっかりと捉えることができない。半透明のそれは、ノクティスの輪郭を不明瞭にさせていた。

「いや、蒸し暑く感じて、窓開けたら涼しくなるんじゃねぇかなって思って、今開けたとこ」
「そうだったんですね」
「ルーナ、暑くねぇか? 大丈夫か?」
「先ほどまで寝苦しさを感じていましたが……今は大丈夫です。ありがとうございます」
「そっか。なら、良かった」

 ノクティスが安堵の息を吐きながら、表示を和らげる。そのまま、ゆっくりと寝台へと腰を下ろす。
 ルナフレーナの視界に、端正な横顔が映る。暗闇の中でもよく見えて、心臓が大きく轟く。見慣れることのない――恥じらいが伴うが、できることならいつまでも見ていたい――顔を手を伸ばせば届く距離で見られて、?に熱を感じた。

「あの、さ、」
「? なんでしょう?」

 顔を向けることなく、口をまごつかせながら切り出したノクティスに対して、ルナフレーナは首をこてんと傾ける。ルナフレーナが返しても、依然として「あー」だとか「うー」だとか言った言葉にならない声をノクティスは上げていた。しかし、自分の中で踏ん切りがついたのか、その続きを発した。

「――触っても、いいか?」

 向けられた二つの蒼玉に、ぼんやりとルナフレーナの姿が映し出される。ノクティスの問いに目的語はなかった。しかし、ルナフレーナには何を指しているのか伝わっていて、微笑を浮かべながら「もちろんです」と応えた。
 お腹に掛かっていたタオルケットをめくれば、大きな膨らみが現れる。ゆっくりと、ゆっくりと時間をかけて大きくなっていっているの見る度、あたたかな感情が芽生える。この感情に――幸せという名前がついているのは、お互い、言葉にせずとも分かっていた。

「この子、お腹の中で、すごく動くんですよ」

 そう言いながら、お腹にそっと手を添える。その白い手に重ねるようにして、ノクティスが膨らみに触れた。その瞬間、ぽことお腹の内側から蹴る音が伝わってきた。
 ルナフレーナが言った途端だったので、二人の口から笑みがこぼれる。

「本当だな」
「ふふ。いつも、この調子なんですよ。早く、出たいんでしょうね」
「早く会いたいのは山々だが急いで出てきて、何かあっても困るからな。慌てず、出てこいよ」
「そうですね」

 ルナフレーナが頷けば、ノクティスはそのまま耳をお腹へとあてる。ノクティスの言葉に応えるかのように、また、一つ、ぽこと音を感じた。ルナフレーナもそれを感じたのか、その目を細めた。
 はやく、おいで。はやく、あいたいよ。
 そう言いながら、二人は瞳を閉じた。



 もう少し。あと、もうちょっとで、光にとどく。
 きこえてくる声の主がだれなのかは、わかっている。ぼくに会えることをだれよりも楽しみにしていて、ぼくがだれよりもあいたいと思っている人たち。
 ぼくもはやく、あいたいよ。――おかあさん、おとうさん。



material from 0703 | design from drew | 2017.05.05 minus one