解ける、溶ける、恋心

スコール×リノア

目が覚めて、1番に考えるのはやっぱり彼の事だった。今頃起きたかな?とか、今日は会えるかな?とか、会えたらどんな事を話そうかな?とかとか。他人からみればしょうもない事の 様に思えるけど、私にとっては、とても大事な問題だ。1日彼に会えないだけで、寂しくて死んでしまいそうだし、あらかじめ話す内容を考えておかないと、緊張してどもって しまうから。
ベッドから脱け出して、洗面台の方へと向かう。鏡に映る自分の姿を見ながら、歯磨きをする。朝は弱い為、鏡に映る自分の姿は、とても眠たそうな表情をしている。現に瞼は 閉じかけているし、動かしている手が段々とゆっくりになってくる。歯磨きがし終わり、欠伸をしながら顔を洗うと、ふとある事に気付いた。
顔を洗ったお蔭で、意識がはっきりとしてきて、改めて自分の姿を見つめると、…前髪が異様に長い。特に気にしてはいなかったけれど、前髪の先端が目をはるかに超えてる。 今まで気にしたことはないけれど、一度気づいてしまうと、どうしても気になってしまう。まだ、登校までには時間があるし、切ってしまおうか。…だって。

― ”変化”に気付いてもらえるかどうかは、やっぱり気になるから…!

恋する乙女は、意中の人物には自分の変化に気付いて欲しい。前髪は切るとすぐに分かるから、きっと気づいてもらえる筈。そして、彼から話しかけてもらいたい。
リノアは、すきはさみを取り出し、前髪を切り始めた。


***


最近買ったお花がついているゴムで髪を1つにまとめて、家を出る。前髪を切った後に、軽いメイクをして、ばっちり制服を着こなした。誕生日でもなく特別なイベントもない、 何でもない日だけれど、オシャレはどんな日でも手を抜かない。だって、彼には、いつも綺麗に可愛く見られたいじゃない!
今日の私は、昨日の私より、一昨日の私より可愛くなれた気がする。髪の毛に寝癖はついてなかったし、昨日パックをやったお蔭か肌が輝いている。そして何より、前髪を切ったから 今までの自分とは少し違うような気がする。あくまでも、”気がする”のは、彼がどう思うかによって可愛いかどうかが決まるからだ。

後もう少しで学校に着くと思った時、後ろからいきなり肩を叩かれて振り向くと、振り向いた先には―――。

「あっ、スコール!…おはよう…!」
「あぁ。おはよう」

今日はラッキーな日に違いない。だって、朝から”彼”に会えたんだもの。ニヤけてしまいそうな顔になるのを何とか抑えて、笑顔で対応する。 心臓が早鐘なんてもんじゃない。動悸が早すぎて、息が出来なくなってしまいそうだ。彼と2人きりで登校するなんて、これって、まるで―――、

― 恋人同士みたいじゃない!!

嬉しいけど、幸せすぎて昇天しそうだけど、やっぱり耐性が無いから、恥ずかしくて死んでしまいそうになる。ドキドキしながらも他愛無い話をしながら校舎へと入っていく。 校舎に入ってしまえば、”登校”はこれでお終い。何故なら、私がいる校舎と彼がいる校舎は違うから、必然的に昇降口でお別れになってしまう。
上履きに履き替えながら、もうお別れか…と、ぼんやりと思ってると、彼が話しかけてきた。

「なぁ、リノア」
「は、…はぃ!?」
「前髪、切ったんだな」
「う、うん…!ど、どう似合う?」

内心でガッツポーズをする。気づいてくれるかどうかは賭けだったけど(こういう事に関してはにぶにぶな人だから)、気づいてくれた。とても嬉しいくて動転してしまって、 つい彼に似合ってるかどうか訊いてしまった。言い終わった途端、やってしまったと全身から血の気が引いていくのが分かった。もし、似合ってないなんて言われたら、 立ち直れそうにないのに。
だが、スコールの言葉は予想に反していた。

「…良いんじゃないか」
「ほ、ほんと!?」

彼に視線を送ると、真顔のまま頷いた。
顔がじわじわと赤くなっていくのが、鏡を見なくても分かる。これじゃ、バレてしまうと思い、赤くなっているのがバレないようにするためにも、ありがとう!と急いでお礼を言い、 廊下を駆けた。

あの彼が、あのスコールが、似合ってるって言ってくれた。

脳裏で、先程の言葉を反芻する。ああもう今なら、なんでも出来るような気がしてならない。
リノアは、全速力で、教室に向かった。


***


授業終了のチャイムが校舎中に鳴り響く。今日の授業はこれにて終了。朝の一件で、今日の授業は殆ど集中出来なかった(まじめに聞いたことなんて一度もないけど)。帰ろうかな と思ったが、今日、セルフィは文化祭実行委員の委員会があるらしくて、一緒に帰れないらしい。キスティス先輩は受験勉強が忙しくて、放課後はいつも図書室にいる。
仕方なく1人で帰ろうとして、昇降口の方まで来てみると、雨がぽつりぽつりと降ってきた。そしてあっという間に、土砂降りの雨へと変わった。そこには、人だかりが沢山いて、 騒いでる。それもそうだろう今朝までは雲一つ快晴だったのだ。学校から最寄駅までは徒歩10分はある。濡れたくなければ、折り畳み傘を持ってる人をつかまえて、 傘に入れてもらうしかない。
人だかりの中には彼もいて、困っている様な顔をしている。どうやら、彼も傘が無いらしい。

かくいう私は、…鞄の奥底にいつも入ってる折り畳み傘があるから持っているっちゃ持っている。けど、ため息がついた。勇気のない私は、彼を誘うなんて事は絶対出来ない。 彼のあのルックスの事だ。きっとほかの女の子が入れてくれるだろう。彼がほかの女の子の傘に入ってるの何て、見たくもないけど、勇気が無く言えない自分が悪いのだ。

ため息をつきながら折り畳み傘をだし、広げて帰ろうとした刹那、彼が私の傘の中へと入ってきた。

「リノア…入れてくれるか?」


***


駅までの道が、何キロにも何十キロにも思えた。朝も朝で緊張したけれど、今の比じゃない。だって、今は肩と肩とが触れるか触れないかと言った、とても近い距離に彼がいる。 夢じゃないかと疑うが、これは現実の世界。彼に隠れて手のひらをつねってみたら、凄く痛かった。
折り畳み傘は小さいから普通の傘よりも、より密着する。つまり、私の腕と彼の腕はほぼくっついていた。それが耐え切れなくて、少し離れてみるが、彼が 「濡れるからもっとこっちに来い」とか言うから、また、彼に近づく。

最初は私が傘を持っていたのだけれど、急に彼が手を伸ばして傘の柄を持った。その時、ほんの一瞬だけど、彼の手が触れた。何で?と思い、視線を向けると、

「俺の方が背が高いし、俺が持った方が良いだろ」

と言いながら、半ば奪うようにして傘を持った。そして校舎を出て歩き出した。

一瞬だけ触れた場所が熱を帯びたかのように熱くなってくる。今まで触れたことなんて一切なかったら、更に胸が高鳴ってくる。それが今も続いている。

隣に彼がいる所為で、息が詰まってしまって、思うように呼吸が出来ない。苦しいけど、…それでも幸せだと思う。彼の隣に居ることができるのが。彼が隣で微笑んで私と話して くれてる事が。手を伸ばせば、届く距離に彼が居る。もし、想いが届けば、いつだってこの場所に居られるんだ。そうなったら、どれだけ幸せなのだろう?!

「折り畳み傘を家にたまたま置いてきてたから、困ってたんだ。リノアが居てくれて助かった」
「そ、そう?誉めても何も出ないよ??」

ドキドキのしすぎて、上手く会話が出来ない。いつもの私じゃないみたい。いつもの私だったら、思ったことをぽんぽんと素直に言えるのに、一体どうしてしまったんだろう。 どうして意中の人物の前じゃ、こんなに弱気になってしまったり、意地を張ってしまうんだろう。…こんなんじゃ、彼に嫌われても仕方ない。


気づくと、見慣れた駅が視界に入ってきた。相合傘も、ここでおしまいだ。信号を渡ってしまえば、もう傘を閉じなければならない。そして、私と彼は電車が違う。必然的に、 駅でお別れになってしまう。
散々緊張して、うまく喋れなかったって言うのに、…時間が止まってしまえば良いと思ってる自分が居る。時間が止まってしまえば、この幸せな時間は永久に続くから…。
でも現実はそこまで甘くない。信号が青になり、歩き出す。駅に着いてしまい、彼は傘を閉じた。そして、私へと渡す。

「ありがとな」
「どういたしまして!」

もっと一緒にいたい。たった10分だけじゃ物足りない。もっとずっと長い間、彼と一緒にいたい。
意識して彼の手を見てしまう。もし、私が彼の彼女だったら、駅に着いたとしても手をつないで改札に行って、電車が来るギリギリまで、ずっと手をつないで触れられていられるのに。 1回彼に触れてしまったら、もう後戻りできない。自分がどんどん欲張りになっていくのが分かる。
…でも、そうは言えない。私は臆病だから。

「じゃあ、また明日」
「うん、じゃあね!!」

改札を通りすぎ、別れる。彼が私を置いて、どんどんと進んで行く。私の視界には彼の後ろ姿しか見えない。
さっきまで、隣に居たのに、もういない。前まではそれが当たり前だったのに、今は何だかそれがむしょうに切なくてさびしくてたまらなかった。
だからなのか、無意識の内に彼の名前を呼んでいた。

「スコール!」
「…何だ」
「あのね…!」

深呼吸して、彼を見つめる。
自分の中にある勇気を精一杯、奮い立たせる。

「私を………」


ハグして。


「…悪い。今、聞こえなかったんだが、何て言ったんだ?」
「なーんってね。聞こえなかったらいいの。それじゃあねー」

逃げるようにして彼と別れてしまった。けど、別れてしまったことに対して先ほどと違って後悔は微塵もない。
彼は不思議そうな顔をしていた。あの様子じゃきっと、聞こえなかったに違いない。それはそれで良かったと思う。まだ…あの程度の声しか出ないなら、彼には全然釣り合えない。 私が臆病じゃなくなったら、失敗に終わっても大丈夫な覚悟を持てるようになったら、また再チャレンジしよう。…今日は大きな一歩を進めて様な気がする。

いつか私が言えるようになったら、その時は覚悟しておいてね、スコール。





END