そのワンシーンは夢のようでした

ジタン×ガーネット

時が止まったのかと、思った。
黒いマントを自らはぎ取って、見慣れた人が現れた瞬間。
ずっと、長い間、会いたかった人が、今、舞台の上にいる。驚きすぎて、声が出ない。出そうと思っても、喉元でひっかかってしまっている。無意識のうちに、震える手で、 口を覆うとするも、手が動かすことができない。

彼の蒼い瞳が、此方に視線を送っている。
その瞳(め)を見つめると、彼の想いが伝わってきた。

こうしちゃいられない。長いドレスの裾をずらないように、両手で少しだけ持ち上げて、駆ける。ロイヤルシートから一刻も出て、早く彼が居る舞台の上に行かなければ―――。
ガーネットは、すぐ後ろにあるドアから出ようとしたが、2人の騎士が、立ちふさがっていた。この2人に退いてもらわなけば、舞台上には行けない。いざとなったら、 強行突破をしなければ…と思っていたら、ドアがキィィと音を鳴らしながら、開いた。重いドアが勝手に開く訳がない。だとすれば、開いた理由は1つしかない。2人の騎士の顔を 順々に見る。どちらの顔にも、同じことが書いてあった。そして、2人共、微笑を浮かべている。心の中で、ありがとう、と呟くと、急いで駆け出す。

初めて、彼と出会った場所を過ぎて、らせん状の階段を下りて、舞台へと続くドアを開ける。たくさんの人がいて、中々うまく進めない。多くの人が、こういった舞台に 見に来てる事は、アレクサンドリアが復興してきていることを意味してるけど、今は、正直言うと、退いてもらいたい。いつもの私だったら、人様にぶつかったら、すぐさま 謝るけれど、今は謝っていられない。
行き交う人々の間を潜り抜けて、ひたすらに足を前へと出す。

もう少しという所で、人にぶつかってしまい、バランスを崩す。そして、その弾みで、首から下げていたネックレスが外れてしまった。ちょうど、その場所には人がいなく、 飛んで行ってしまったネックレスがしっかりと目に映っている。取りに行こうと思えば、取りに行ける。けれど、何故か足が進まない。(先程まで、凄い勢いで 動かしていたというのに)
そして、1つの疑問が脳裏に浮かんだ。瞼を閉じ、思考をめぐらす。

― 私は、”何”として、彼のもとに行くの?

アレクサンドリアの女王として?
世界を救った仲間の1人として?
恋をしてる女の子として?

…どれも違う気がする。ガーネットは、首をゆっくりと振った。
そして、目を開けて、遠くへ見据える。ネックレスを置いたまま、くるりと振り返り、走り出した。

私は、”ダガー”として、彼に会いに行きたい。

だとしたら、もう、自身を着飾る物は必要ない。走りながら、ティアラを外し、投げ捨てる。もう彼は、目と鼻の先に居る。今まで、抑えてきた感情が、溢れ出てくる。
イーファの樹の別れからずっと音沙汰がなく、何度も何度も数えきれない位、彼を思い涙を流した。彼は絶対に帰ってくる、そうは思っていても、彼が姿を現さない限り、 それを信じ続けるのは不可能に近かった。幾度も割り切ろうと考えても、出来なかった。それ程なまでに、私の中で、彼は、大きすぎる存在”だった”。

― 違う、”だった”じゃない、もう、過去じゃない…

だって、今、彼は現に今、目の前に居るんだもの。
感情と共に出てくる雫と共に、私は彼の胸へと飛び込んだ。

「ジタンッ…!」
「ダガー!」

飛び込んだ私をしっかりと受け止めたけれど、反動でくるりと1回転する。
彼の背中に回した腕が、しっかりと彼の熱が伝わってくる。どれだけ、このぬくもりを恋いたのだろう。嬉しくて、ただ嬉しくて、…幸せで。
彼の顔を見ると、彼は彼で、「どうしたんだい?」とでも言いそうな表情をしてる。その表情に、ちょっとばかし腹が立って、彼の左胸を泣きながら、弱く、でも強くたたく。

「バカ…バカッ…ジタンのバカッ!」
「会って早々にバカは酷いな、ダガー」

彼は柔らかい表情をしながら、私の長く黒い髪を優しくなでる。そして、抱きしめた。彼は、何度も何度も髪を優しくなでる。それは、まるで、泣きつかれた赤子をなだめるかの ような仕草で。彼の行動が、また私の目頭を熱くさせ、目を閉じ、体を彼へと預ける。彼の腕(かいな)は、とてもあたたかくて、…凄く落ち着ける。
周りから大歓声が上がり、温かい拍手が私たちを包んでくれている。
彼が腕の力を緩めると、自然と顔を彼の方へと向いた。彼の蒼い瞳とかち合う。また、私は目を閉じた。だんだんと彼の顔が近づいてくるのを感じる。
ほんの一瞬だけ、彼の唇と私の唇がふれた。
唇が離れると、彼は何とも言えないような表情をしていた。

「…ダガー…泣きすぎじゃないか?」
「誰の所為だと思ってるのよ…!」
「俺の所為だよな…」

彼は焦りながら、髪の毛をかく。
そんな彼の行動を見ると、彼が、今、ここにいるんだと実感する。

「なぁ…どうしたら、泣きやんでくれる?」
「ジタンが、私のお願いを聞いてくれたら、泣きやんであげるわ」
「その願いって言うのは何だい?」

彼は顔を、鼻と鼻とがくっつくんじゃないかと思うくらい、近づけてくる。高鳴る心臓を抑え、きゅっと弱弱しく彼の服の裾を掴んだ。

「もう、私の前からいなくならないで、ジタン・トライバル」

冗談抜きで、真剣で見つめる。
すると、彼はニカッと満面の笑みをして、開口した。

「お安い御用だぜ、ダガー!」

そう言うや否や、彼は私の頬にちゅっと軽くキスをした。いきなりの事で、思わず、頬が赤くなる。先程、唇と唇でキスをしたというのに、なぜか頬にキスされた方が恥ずかしい。
ガーネットの頬は、いつまでも色づいていた。





END