惚れた女

ジタン×ガーネット


「ダガーはやっぱり…変わったな」

窓ガラスに映る自身の姿を見つめながら、静かに呟いた。ここ、彼女の私室からはアレクサンドリアの街並みが一望出来る。この景色を彼女は毎日見てるのかと思うと、少しばかり 羨ましく感じる。アレクサンドリアの街並みはリンドブルムと違って全体的に高い建物がない。だからだろうか?国外の広大な景色を始めとし、水平線までくっきりと見える。
静かに呟いたはずなのに、彼女の耳には届いてしまったのか。プリントを整理していた音が耳に届かないので、視線をずらすと茶色の優しい瞳が自身をとらえていた。

「あの旅は…私にとって、大切なものだったから」
「…そう、だな」

数年前の出来事を思い出す。色々な出来事があり、色々な出会いと別れがあった。もし、あの時、あの場所でタンタラスに入っていなく入っていたとしても飛行船に乗っていなかった としたら自身はあの旅路を辿る事は無かっただろう。彼女にとっても、自身にとっても、そして今はいないあの少年にとっても…かけがえのない旅だった。
少年は、生きる意味を知った。
自身は、自分自身が何者なのかを知った。
そして、彼女は、誰よりも強くなった。

「様々な出会い、別れを通して…私は本当に変われたと思うわ」
「…俺もそう思うよ」

初めて出会った時の事をお互いに思い出す。
自身は自身で、まだまだおちゃらけた性格で”何も知らず”、彼女は彼女で箱入りお嬢様なものだから”何も知らなかった”。けれど、今は全部ではないけれど”知っている”。 確実に以前よりかは世界が見えている。

「初めて会った時のダガーよりも、今のダガーの方が俺は好きだぜ!」
「もう、何を言ってるのよ…!」

顔を真っ赤に染めながら自身が腰かけている窓際へと寄ってくる。彼女の長くシルクの様な艶やかさを持った黒髪が歩く度にふわふわと揺れていて、思わず触りたくなる。にっこりと 微笑みながらそっと自身の隣に腰を下ろした。

「旅をする前の私は…幼かったから…ジタンにも本当…色々迷惑をかけたわね」
「まさかスリプル草を使って勝手に行っちゃうとは思わなかったなー…あの時、行動力のある王女様だなとつくづく痛感したよ」
「だって…っ!あの時は…必死だったから」

彼女は窓の外へと視線を向けたので自身も同様に視線を外へと向ける。西日がアレクサンドリアを包み始め、先ほどまで真っ青だった空間が橙色へと変わっていく。この数年で 人も街も世界も色々と変わっていったが、夕日の美しさだけは変わらない。リンドブルムから見る夕日も美しいが、アレクサンドリアから眺める夕日も劣らず、美しい。
そっと、隣に座る彼女の顔に視線をずらすと自身と同じような表情で外の景色を見つめていた。あたたかく、やさしく、慈愛に満ち溢れた…そんな表情だった。表情がそんなに コロコロと変わらない彼女だけれど、微妙な違いは沢山ある。この柔らかな表情をする時はいつも国の事、国民の事を思っている時の表情だ。彼女が守らなければならない アレクサンドリアと言う1つの国―――そんな同い年の女の子だったら重荷以外の他でもないが彼女はそれを全うしていて、且つ、行う事に幸せに感じている。…きっと、 出会ったばかりの彼女が同じ立場に置かれてもこんな風には出来なかっただろう。
じっと見つめすぎた所為だろうか?彼女は自身が向いているのに気付き少しだけ頬を膨らませ、ぷいと顔をそむけた。そんな彼女を見て、慌てて機嫌を取り戻そうと言葉を繕う。

「ダ、ダガーは、ほら…前は何ていうか…自分に自信がなかったよな」
「………」
「自分自身の事も、正直…嫌いだったろ?」
「…ジタンは相変わらず鋭いのね」

真っ直ぐ、茶色い瞳に自身の顔が写る。彼女は真摯な表情だった。

「でも今は違うよな?」
「ええ。だって、スタイナーにベアトリクス、エーコにシドおじさま………色んな人が私の事を好きと言ってくれる。そんな自分の事を嫌いって言ったら、好きって言ってくれる人に 失礼じゃない」

白く肌理細やかな手が、粗い手に優しく触れる。

「だから私は今の自分が大好きなの。自信が持てるの。…そうしてくれたのはジタン、貴方のおかげだと思う」

頬を真っ赤に染めてるかと思いきやそんな事は、なかった。
彼女は真っ直ぐに自身を見つめて、そう、まるでテラでの時の様な表情をしていた。ありったけの想いをこめて告白をしてくれた時の様な―――。優しく触れた彼女の手の指先を ぎゅっと握ると、彼女もまた強く握り返した。感謝と返事の意をこめて。

「ダガーは本っ当、恰好良いな」
「そう?ジタンも格好いいと思うけれど?」
「いやいやダガーには劣るよ」

クスクスと笑い声をあげると、つられて彼女も笑う。
日の入りが始まり、アレクサンドリアはいっそう濃い橙色に包まれる。そんな西日の中、濃い黒色の影が寄り添っていた。



END

はるなん様へのプレゼントでした…!