花にのせて

ジタン×ガーネット


明日は誕生日ゆえに昼は式典、夜はパーティーが催される。その2つの最終確認をベアトリクス、スタイナー、トット先生と打ち合わせをしていたらこんな時間になってしまった。明日は いつもより早く起きなくてはならないから最低限のことだけをして早く床に着かないと。そうしないと朝起きれなくなってしまうから。
昔はただ誕生日ってだけで国をあげて盛大にお祝いされることが理解できなかったから式典やらパーティーやらがとても窮屈に感じていた。お父様やお母様を初めとしてトット先生や 近くにいる人たちに「おめでとう」と言われるだけで良かったし、満足していた。そんな見知らぬ人たちからお祝いの言葉なんてちっとも嬉しくなかった。今はもう流石に女王としての 自覚があるのでそれはそれとして仕事とプライベートを分けているから窮屈とは感じないけれど、それでもやっぱり慣れることはない。
上手く立ち回れると良いのだけど………。何年も行っているとは言え、緊張するものはする。落ち着かせる為にも寝る前にホットミルクでも飲もうかしら。
そう思い自室から出ようとした刹那コンコンと窓を叩く音が耳に届いた。この音はベランダの窓からなはず。そして、こういうことをする人は自分が知っている限り1人しかいない。 いつもはちゃんと正門を通ってくるのだけど正門は6時を回ると閉まってしまう。だからこうやって夜遅い時間に会いに来る時は木を伝ってベランダへと赴いてくる。本人は私以外に 知られていないって思っているようだけど、ベアトリクスや側近の使用人は意外と知っていたりする。
ガチャリとベランダにかかっていた鍵を開けると季節はまだ冬だから開けた瞬間に冷たい風が襲ってくる。けれど、ベランダの向こう側には自身が思い描いていた人物がニンマリと 笑いながら立っていた。
「よっ!ダガー!」
「ジタン………どうしたの?こんな時間に」
時刻はあともう少しで長い針と短い針が重なり合いそう。ジタンがベランダから来る時は大抵8時だとか9時とかの夕食が終わった頃に訪ねてくるのだけれどこんな夜深に訪ねてきた のは初めてのことだった。
「うーん、ちょっとな………」
「なぁに?用があって来たんでしょ?」
「そうなんだけど…」
いつもは色々なことを要領よく行うジタンなのに今日はどこかもどかしい。どうかしたのだろうか…?と思っていると部屋の壁時計がボーンボーンと鳴り響く。ジタンの口が開くのを 待っているとどうやら日付を超えてしまったようだ。明日…ではなく今日のことがあるから早く寝たいのに。用があるなら早く言ってくれれば良いのに…なんて、そんなことを恋人の前 で思ってしまうのは恋人失格かしら?
日付を超えたということもあり眠気を感じ、ふぁぁとあくびを出そうとした瞬間、行き成りバッと花束が現れた。
「ダガー、誕生日おめでとう!!」
「え…?」
「1番にお祝いしたくてさ!だからこんな時間に来たんだ」
頭では明日は自分の誕生日、と分かっていたのにジタンがこんな時間に訪ねてきた理由が何故か思いつかなかった。だからこそ、この予想外の出来事に頭が思いつかない。まさかジタン が1番最初に自分を祝いたくてこんな時間に花束を持って、やって来てくれるなんて………心臓がぎゅっと掴まれたような感覚に陥り、そしてじんわりとあたたかいものが広がる。 思わず目頭まで熱くなってきた。先ほどまで早く言ってくれれば良いのに、と急いていた自分を叱咤してやりたい。
目の前に広がる桃色と白色の胡蝶蘭。お祝いごとの際、頻繁に用いられるお花だ。そんな胡蝶蘭をジタンの手からそっと受け取って両手で抱える。両手じゃないと抱えきれないくらいの 胡蝶蘭が腕の中で包まれていた。
今まで生まれてきて初めてのことだった。こんな、わざわざ0時ぴったりに誕生日おめでとうの言葉と共にプレゼントを贈ってきてくれたことは―――。
「…ありがとう」
ぎゅっと花束を抱きしめ、目の前で照れくさそうに立っている人に微笑みかけた。
「ダガーが生まれてきてくれてさ、俺、本当嬉しいんだ」
「そ、そうなの…?」
「そうなの」
そう言いながらへへっと笑ってみせた。ジタンがよく私に見せてくれる表情だ。勿論ジタン自身も好きだけれど、私はジタンのこの表情がお気に入りだったりする。誕生日を迎えて 早々に言葉やプレゼント、おまけにこの表情も見れて幸せこの上ない。今までの中で1番幸せな誕生日と言っても言い過ぎではない。
それに、さりげなくとてつもないことも言われてしまった。人に、恋人に、好きな人に生まれてきて嬉しいって言って貰えるなんて………こんなにも嬉しいことだったのね。ここ数年は 色々なことが起きていたものだから落ち着いた誕生日を迎えられていなかった。だからこそジタンにそう言って貰え、忘れかけていた感情がまた芽吹いた。
身体はさむいのに心の内はこんなにも…あたたかい。
「今日も早いんだろ?ゴメンな、こんな時間に来ちゃって」
「ううん…平気よ。気にしないで」
「じゃあ式典とかパーティーとか頑張れよ!俺も行くからさ!!」
「ふふっ、ありがとう」
お礼の言葉を言うとジタンは手を振り、慣れた手つきでベランダから降りて行った。ジタンの姿が視界でとらえられなくなった頃、ダガーは自室へと戻って行った。ちょっとの間しか 外に出ていなかったのにすっかりと体が冷え切ってしまった。暖房で温められた部屋のぬくもりが身体をぽかぽかと温めてくれる。
貰った胡蝶蘭の花束を適当な花瓶に活けようとしたら、使用人がガチャリと音を立てて部屋へと入ってきた。
「ジタンさん、いらしてましたね」
「そうなの。こんな夜更けに来るから驚いちゃったわ」
「ジタンさんが花を持っている姿を正門の所で見かけたので、こちらをお持ちしました」
彼女の手にはこの胡蝶蘭、全てが入りそうなくらいの花瓶が用意されていた。このタイミングの良さには時々、驚かされてしまう。スタイナーやベアトリクスもそうだけれど、本当に 自分には勿体ない位の使用人たちだ。彼女に自分の持っていた花束を手渡し、活けてくれるよう乞うた。
「あら…これは胡蝶蘭ですね」
手渡された花束に結わかれたリボンを外しながら彼女はクスクスと笑い始めた。
「どうしたの?」
普段は手際よく言われた仕事をこなす彼女なのにどうしたのだろうか。こんな…仕事をこなしながら笑顔を漏らす人物では無かったと思うのだけれど。
「ちょっとしたことなんですけど………ガーネット様は胡蝶蘭の花言葉をご存知ですか?」
「いえ…知らないわ」
胡蝶蘭の花言葉、とは何だろう。そういったことには疎いのできょとんとした表情を浮かべてしまう。彼女はそんな自身を見て、見るからに心を躍らせながら話し始めた。
「白色の胡蝶蘭の花言葉は“清純”を表してます。ガーネット様にピッタリのお言葉ですね」
1本1本胡蝶蘭を手に取り、丁寧に花瓶へと移していく。
ジタンはこの意味を知っていて、渡したのかしら?もし知っていたとしたら…と考えると何だか気恥ずかしくなってくる。
「それと桃色の方なのですが」
「桃色はどういった意味なの?」
「“あなたを愛します”、ですよ」
その言葉を合図に彼女は花を活け終えた。そしてコトンと音を立てて胡蝶蘭が活けたばかりの花瓶をテーブルの真ん中へ置いた。胡蝶蘭の良い香りが部屋にふんわりと漂う。
「それじゃあ、失礼しますね。ガーネット様、おやすみなさいませ」
お辞儀をして彼女は部屋から退出していった。
彼女がいなくなり自分以外に誰もいない部屋で1人とくん、とくんと胸が高鳴り始める。頬までも熱くなってくる。ジタンはこの意味を知っていたかどうかはつい数分前までは 分からなかったけれど、今は分かる。ジタンはこの意味を知っていたに違いない。思ったことはそのまま口に出すタイプの人だけれど、時々こうやって回りくどいことをしてくる。 普段がストレートな物言いの為、不意打ちでこう告白をされるとどう反応したら良いかわからない。彼女が早々に部屋から出ていってくれて良かったと心の底から思う。こんな しまらない表情、絶対に誰にも見せられない。
「……ジタンの…バカ」
その言葉とは裏腹にダガーの顔には笑顔が優しく咲いていた。



END

(初出*13/01/15)