甘えたがりのマイガール

ジタン×ガーネット


タンタラスの結成を記念して世界講演が終わったのは数日前のことだった。ジタンと久しく会っていないガーネットは今か、今かとジタンが執務室のベランダ―――ジタンと ガーネットがいつも逢瀬をしている場所―――に来るのを心待ちしていた。最後にジタンと出会ったのは世界講演に行く前だから、少なく見積もっても季節が変わる前のこと。ゆえに、 もう数か月ジタンと会っていない。こんなに会えないのはジタンが1人でクジャを助けに行っていなくなった以来だった。
早く、会いたいわ。
心の中で呟いたつもりだったのだけど紅茶を持ってきてくれたベアトリクスがクスクスと笑い声を立てるのが聞こえて、頬を赤く染める。口に出していたなんて……ちょっとばかし 恥ずかしい。口に出した場所がこの執務室で良かったと心底安心する。他の、それこそスタイナーのようなお付に聞かれていたら、お節介と言っては失礼かもしれないけど、よく言えば 心配されてしまうだろうから。
ぽつりとつい呟いてしまったけれど、そう言えば、以前書庫室にあった本には、言葉には“言霊”が属していて、口に出すことでそれが現実となる、みたいな風潮があるとは書いて あったのを思い出す。叶って欲しい、会いたい、って思っていたから、口に出してしまった……?
「この私が言うのも失礼かと思いますが、会いに行かれてはいかがですか?」
カッカッカッと動いていたペンがピタリと止まる。誰に、とは言わない、その科白に思わず顔を上げれば、ニッコリと微笑みながら真っ白な陶器のカップに丁寧に紅茶を注いでいた。 注がれた紅茶から白い湯気がゆらゆらと漂い、辺りに紅茶独特の芳しい匂いが鼻孔をくすぐる。
「ここ最近のガーネット様は何処か、根詰めていらっしゃるように思えます」
「そうかしら?」
「ええ」
自分ではそんなつもりは無かったのだけど、ふと机上に視線を見遣れば、終わった仕事が積み重なっていて、残す仕事はあと1時間くらいで終わりそうな仕事のみだった。
ガーネットはベアトリクスが折角淹れてくれた紅茶を味わおうとカップに手を伸ばす。カップを傾けて、紅茶を口の中へと入れると、その瞬間、口に仄かな甘味と苦味と広がった。 まるでその味の模様はジタンに会いたくてたまらない自分と仕事を優先しないといけない自分のようだった。
会いたい。会いたくない。嘘、やっぱり会いたい。
会いに行きたい?会いに来てほしい?
モヤモヤと自分の中で広がる葛藤。どうすれば良いのかしら。どれが正解なのかしら。
「いつもお国の為に一生懸命なさっているガーネット様ですから、今日だけ、1人の女になってはいかがですか?」
え?っと思ったのも束の間。ベアトリクスは自身がしていた仕事を手に取り、これなら私がやっておきますので、と一言追加した。それから歩き出し、執務室のドアをゆっくりと 開けた。その様子はまるで“あの時”のようだった。
気付けばガーネットはそのドアへとめがけてゆっくりと、しかし、徐々に早くしながら歩き始めた。


***


ジタンと初めて会った時に羽織っていた白色の上着を着て(勿論フードを被って)、リンドブルムの街並みを走って行く。胸が高鳴って仕方ない。こんな、お忍びでリンドブルムを訪ねる なんて初めてのことだったから。女王として、ガーネット・ティル・アレクサンドロス17世としては何度か訪ねてきたことはあっても、ダガーとして1人で訪ねるのは初めてのこと だった。
あれから、ベアトリクスから促されて、直ぐに飛空艇でリンドブルムへやってきた。国が保有している飛空艇で行くと、女王として行くことになってしまうから、民間の飛空艇で。 ジタンに会う為に。ただ、それだけの為に。
いつもだったらジタンがガーネットに会いにやって来るが、今回ばかしは違う。ガーネットがジタンに会いに来たのだ。もっと言えば、一国のお姫様が、一国の盗賊兼劇団員に会いに 来たのだ。
ただ1人の女の子として。好きな人に、意中の人物に会いに。
ガーネットは驚かせたい気持ちもあって、お忍びの形を選んだ。いつもジタンには驚かされてばっかりだから、どうせ会いに行くならジタンを驚かしたくなってしまって。
逸る気持ちが止まらない。溢れ出てくるジタンへの思い。必然的に息が上がり、動悸も早くなってくる。
だって、数か月会ってないもの!
突然現れた自分に対して、どんな表情をするのかを想像するだけでガーネットの顔に笑顔が咲く。その笑顔はタンタラスが構えている本拠地が見えることによってますます大輪の花が 咲き乱れていた。
ガーネットの歩調が段々と、ゆっくりとなってくる。もう直ぐそこに、それこそ、あと数分すれば、ずっと待ち望んでいた人がいる。ガーネットは息を整えて、一歩一歩、地面を しっかりと踏みながら目的地へと向かっていった。そして、漸く辿り着いた扉の前。
ガーネットは大きく深呼吸をし、フードをしっかりとかぶり直して、いざ、中に入ろうとした。しかし、その刹那、ガチャリとドアが音を立てて開かれて、中から現れたのは……正に 今会いに行こうとしていた人物だった。かち合わさる蒼と琥珀。その瞬間、ガーネットは無意識の内に思いっきり眼前の人物の胸へと飛び込んでいた。その影響でパサリと音を立てて 頭からフードが外れる。
「ダ、ダガーッ!?」
飛び込んできたガーネットを受け止めて、倒れそうになるものの必死で踏ん張って留まる。しかし、ジタンの目は大きく開かれたままとなっていた。
「来ちゃったわ」
「来ちゃったわって、え……本物!?」
ジタンはペタペタとガーネットの頬や髪の毛を触り、確かめる。ジタンが疑うのも無理はない。普段だったら、絶対にここにいるべき筈のない人物が今自分の腕の中に いるのだから。
「本物に決まっているでしょう?」
そう言いながらガーネットは両手でジタンの手を優しく握ったが、
「いやだってダガーがこんなところに居るなんて……どうしてまたこんなところに?」
確かめてもまだ納得できないジタンはどこかまだ疑っている様子でいる。何処からどう見ても、ガーネットである筈なのにも関わらず。そんな懐疑心でいっぱいのジタンに対して、 ガーネットはここへ来た理由を素直に告白した。
「ジタンに会いたかったからよ。ダメかしら?」
丸い瞳でジタンを見つめるや否やジタンは頬をちょっとだけ染めて、慌てはじめた。
「ダメなんてことは無いさ!寧ろ嬉しいよ」
ニカッと歯を見せて笑うジタンの様子にガーネットは思わずクスッと笑いを零した。それと同時に久しぶりに会うのだと言うのに、全く変わらないジタンの様子に安堵した。
「それにしてもなぁ……」
「なぁに、ジタン?」
口を覆いながらジタンはふにゃりとした顔を何とか隠そうとしていてもこちらからは丸見えだと言うのに気付いていない。その姿が面白くて笑ってしまいそうになるがガーネットは どうにかして耐えていたのだが、
「俺も今からダガーに会いに行こうと思っていたんだ!」
と言うジタンの科白に思わず面をくらってしまう。
「そうなの?」
「ああ!凄い偶然だよな!」
お互いに顔を見合わせてクスクスと笑いあう。ああ、良かった、会いたいと思っていたのは自分だけじゃなかったのだ。そして、会いに行くタイミングまで被るなんて、ジタンと自分は 何処か通じているのかもしれない、そう思うと体が内側からポカポカと温められるような気分が湧き上がってきた。
「ジタンも同じこと思ってくれていたのね」
「当たり前だろ!公演中、何度、ダガーに会いたいと思ったことやら」
繋いでいた手を離して、役者の様に(と言っても、ジタンは役者なのだけど!)、やれやれと言った身振りをする。オーバーリアクションともとれるけど、ジタンは元からこう言う人 だから今更気にする必要もない。
「正直に言うと、私はちょっと会いたくなかったわ」
「え!?何で!?ダガー、俺のことを嫌いになった!?」
ジタンは両肩をガッシリと掴んで、琥珀の瞳をじっと見つめてきた。驚き、慌てふためくジタンに誤解させてしまったガーネットはガーネット自身も慌てさせて、来たくなった理由を 言う。
「違うの!そういう意味じゃないの!」
「じゃあ、どういう意味なんだ……?」
いつになく真剣に尋ねてくるジタンに自然とガーネットも堅い表情へと変わる。ジタンと離れてからずっと思っていたこと。大丈夫だとは思っていても、やっぱり心のどこかでは 不安だった。だって、どんなに好きあっていても、他人の心なんて全部は分からないのだから。……本人の口から漏らされない限り。
「ジタンが……私と同じ気持ちを抱いてくれているか不安だったの」
「それはつまり……、」
「私に会いたいと思ってくれているかっていうこと」
ガーネットはジタンの瞳を見ることが出来なくなってしまい、そっと瞼を伏した。
ジタンは自身のことを好いていてくれて“いた”。
でもそれはジタンが講演に行く前までの話。今は違うかもしれない。
自身はジタンのことを好いているけれど。
悶々と目を瞑って考えていると、突如、両頬をパシンと叩かれた。衝撃で目を開ければ、飛び込んできたのは、今度はジタンが自分自身の手で両頬を叩いている姿だった。
「ジタン!?」
「ごめんな、ダガー……そんな心配させてしまって」
小さな声でまたごめんな、と呟きながら自身の叩かれた頬を優しく摩った。それから真摯な瞳で琥珀色の瞳を捕らえる。目の前の瞳には呆然と立ち尽くしている自身の姿がはっきりと 映っていた。
「でも、ダガーがそんなことを心配する必要なんてないから」
「どういうこと?」
純粋な目でじっと見つめていると、ジタンは呆れたようにしながらも目を細めた。
「俺はダガーにぞっこんだからさ!」
そしてガーネットの背中を優しく包み込んだ。思ってもみなかった科白に驚きながらも、ジタンの本心を、ジタンの口から聞けて、……安堵する。いつも会っていたら、話していたら 思うことのないことだけど、離れていると、やっぱり不安になってしまうから。
「ありがとう、ジタン」
不安を拭ってくれて。取り除いてくれて。
ジタンが自身の頬を摩ってくれたなら―――。ガーネットはジタンの頬へと手を伸ばした。
「私の頬を叩くのはまだ分かるけど……どうして自分のを叩いたの?」
「ダガーにそんな思いをさせてしまった自分が不甲斐なくてさ」
困ったように笑うジタンを見て、心臓がぎゅっと鷲掴みされたような感覚に陥る。好きな人に、意中の人物に、こんな表情をさせてしまった。こんな表情をさせたくて、言った訳 じゃないのに。ジタンの純粋な笑顔が見たくて、ガーネットは内心で思っていたことを包み隠さず晒した。
「私も!私も、ジタン以外の男性には惚れたりなんてしないから!!」
必死で言ったのだけど、頬を少しばかり赤く染めているジタンと目が合った瞬間、2人して何を言っているのだろうとおかしく思えてきて、2人で同時に声を上げながら 笑いあった。
心配なんてする必要は最初から無かった。お互いが互いをこんなにも好きあっているのだから。
一通り、笑いあった後に、ジタンは唐突に跪いた。
「それでは、女王様、」
「……ジタン」
先ほどまでとは一変して、つい刺々しい口調となってしまった。けれど、これはジタンが悪い。この恰好―――旅の時にいつも着ていた軽装―――で、きているのに「女王様」だなんて 呼ぶのだから。自分たちがそういう関係になってから、ある約束をした。2人でいる時は当たり前だけど、公共の場所に居る時、それこそ今の様な時にガーネットがいつも着ている ドレスを脱いで、旅をしていた時に着ていた服を着ていたら、それは1人の女の子として、“ダガー”として扱うことだった。
むくれているガーネットに対し、ジタンはコホンと1つ咳払いをして、言い直した。
「悪い、悪い。それでは改めまして、ダガー。折角、私に会いに来てくださったのですから、本日は私とお相手をさせてもらっても構いませんか?」
まるで紳士の様にかしこまりながら、差し出された手。その手をガーネットは何も言わず優しく取った。
「勿論です」
「よっし!じゃあ早速行こうか!」
2人は手を繋ぎながら、リンドブルムの街へと駆けていった。2人を包み込むような青い空がどこまでも澄み渡っていた。



END

(初出*13/05/21)