Dear Princess

ジタン×ガーネット


そっと漆黒の髪を一束掴む。サラサラとした絹の様な髪質。あまりにも綺麗すぎるからもう既に掴んだ手から、いくつかの髪が零れ落ちていっていた。
自身の手に顔を近づければ薫るダガー特有の匂い。抱きしめる時にいつもふんわりと薫って、自身を安心させてくれる。例え、不安に陥った時も困難にぶつかった時でも。ダガーを 抱きしめて、ダガーを全身で感じるとそういったものは全てどうでもよくなってしまう。ダガーはまるで自身の精神安定剤かのようだった。
でも、実際、そうなのかもしれない。ガイア中、どこにいても、帰ってくる場所はここしかないのだから。……これまでがそうであったように、これからもそうであるように。
そう思えることがたまらず嬉しくて、ついジタンはダガーの髪にキスを添えた。
「なぁに?ジタン」
前から聞こえてくるクスクスという笑い声。手からダガーの髪が全て零れ落ちたのと同時にダガーの顔が振り返った。視界に飛び込んでくる絶世の美女。見慣れたとは言え、この顔を 何度見ても……トキめかないなんてことがあろうか!今だって頬が熱く、心臓が高鳴っている。
「いや、なんでもないよ」
数年前―――ダガーを誘拐しようとしていた時―――まで、ダガーはとてもじゃないけど、届かない人だと思っていた。自分には全くもって関係のない人だと思っていた。ダガーは リンドブルムからアレクサンドリアへと劇団として、舞台から見(まみ)える位であって、個人的に会うなんてとんでもなかった。だからこそ、自分とは世界が違う人だと思っていた。 お姫様と盗賊と言う身分から分かるように。生きている間に2人の道が交差することなんて無いと思っていた。
「いつもそればっかりね」
それが今では、この腕の中に愛しい人物として、いる。人の縁とは本当に不思議なものである。あの時の自分が今の自分を見たらどう思うだろうか。あり得ないと言って、 笑うだろうか。正気か?と言って、疑うだろうか。頬をつねるだろうか。交差する筈のない2人の道が交差したのだから。
「そうかな?」
しかも手当たり次第、女の子に声をかけていた自分が今じゃ1人の女性に夢中になっている。もし、あの時、ブランクと一緒に“ガーネット姫“を探しに行かなかったら、また違った 未来があったのかもしれない。腕の中にダガーがいなかったかもしれない。そう思うと、心臓がえぐられたような感覚に陥る。それだけは本当に勘弁してもらいたい(切実に!)。 ダガーが腕の中にいることを一度でも経験してしまえば、もう元には戻れない。ダガーが腕の中にいないなんて、生きている意味が無意味に等しい。一度、ダガーと離れてしまった 経験があるからこそ、そう言える。
「そうよ」
大切にしたい。守ってあげたい。離したくない。先ほど手から零れ落ちていった髪の様にダガーを失いたくない。ダガーと出会って初めて気付いたが、自分は自分が思っている以上に 独占欲が強いようだ。ダガーに恋しなかったら気付くことが無かっただろう事実。この事実を含めて、ダガーと一緒に旅をしてかけがえのないものを手に入れることが出来た。過去も 現在も未来も全部。
ダガーと出会えて本当に良かった。心の底からそう思える今の自分にもなれて良かった。今まで異性の子で会えて良かったと思った人物はいなかったから。
「いつも髪ばっかりに、キス、して……」
「……え!?ダ、ダガー、今、なんて!?」
生返事ばかりを繰り返していたら、耳に届いた衝撃的な言葉。思わず、二度聞きをしてしまう。顔を覗けばダガーは顔を熟れた林檎のように真っ赤に染めて、ぷい、と顔を背けた。
「や、やっぱり何でもないわ!聞かなかったことにして!」
「そんなこと言われても、聞こえちゃったからな〜」
ニヤニヤと口角を上げながら、逃げ腰のダガーの腰を捕らえる。ダガーは腰に添えられた自身の手を離そうともがいているけど、そこは男女の力量差が如実に出ている。それに…… ダガーは心の底では本気で逃げようとは思っていない筈だ。その理由に片方の腕だけで閉じ込めているから本当に嫌だったら直ぐに逃げられるからだ。
ダガーに逃げる意思がないことを悟ると空いていたもう片方の手でダガーの頤に添える。ぷるん、とした唇が目に入って、思わず唾を(必死で音を立てないように)飲み込む。
本当に……内面も外見も魅力的な人だ。今でもこんな人が自分の恋人だなんて夢みたいだ。何回だって頬をつねることを繰り返すだろう。何処にいたって、いつでもどんな時でも、 こんな人の元に帰ることの出来る自分に対して盛大な祝福をあげたいくらいだ。
ダガーは頤に手を添えられて、恐る恐ると瞼を閉じていっていた。そんなダガーの様子を見て、ジタンは微笑みながら、ちゅっと音を立ててキスを贈った。何にでも代えることの 出来ないほどの感謝の気持ちを込めて。
「ありがとう」
そう言ってジタンがはにかむと、ダガーもつられてはにかんだ。


END

(初出*13/08/08)