「エーコ…そろそろ貴方も、結婚とかしたいとか思わない?」
「け、結婚!?そんな、エーコには、まだはや、」
「うん!ちょうど、その事を今日、話そうと思ってたの!」
シドが言うのを遮り、満面の笑みで頷くエーコ。そんなエーコの姿を見て、シドは只、呆然とするしかなかった。蝶よ花よ、と長い間、育ててきて、エーコに近づく虫(おとこ)は
出来るだけ、排除してきたと言うのに。まだまだ結婚なんて先の事だと思っていたのに。
そんな呆然としているシドに対して、エーコはぷうと頬を膨らませて、両手を腰に当てた。
「んもー!お父さんったら!エーコだってもう18歳だもん!結婚願望くらいあるわ!」
「そうよ、あなた。18って言ったら、もう結婚してもいい年ですもの。それにエーコの為でもあるわ」
隣に座るヒルデガルデがシドの手をそっと握る。
一国を担うシド大公の娘、エーコと結婚する者は、必然的に次の国王となる。それを狙って、”ふとどき者”がエーコを狙ってくるかもしれない。だとしたら、まだシドと
ヒルデガルデがいる間に、次の国王―――エーコの相手として、ふさわしいか吟味しが方が良い。
「そうなのか……エーコの為なら…仕方ないな…」
シド大公は、長いため息をついて、渋々と言った感じに納得した。
「それで、エーコ。誰か意中の人物でもいるの?」
「ええ、いるわよ、勿論!」
「だ、誰なんだ!?」
結婚願望があった事にも驚いていたシドだが、エーコにまさか意中の人物が既にいるとは思わず、驚きのあまり、立ち上がってしまった。そんなシドに対し、エーコは至って
落ち着いていた。しかし、親の前で好きな人の名前を言うのは恥ずかしいのか、指をいじりながら、もじもじとし始めた。
「えーっと、ね…お父さんの部下の………」
***
「ダガー!悪い、今日休みだったけど、いきなり王様から呼び出しくらったからちょっと行ってくるわ」
ジタンは、椅子にかけてあった上着を羽織りながら、今日は、久々の休日だったからダガーとのんびり1日を過ごそうと思っていたのに…と、ぶつぶつ呟いている。
「えっ!?そうなの!?急に…どうして?」
ジタンの言葉を聞いて、ガーネットはキッチンから玄関へとやってきた。
「何でも、エーコ姫を通じてシド大公が俺に言いたい事があるんだと」
「そ、う…なの…?」
ジタンの発言を聞いて、ガーネットは顔をしかめた。
前々から、この国で実しやかにささやかれてる噂がある。それは、この国のたった1人の王女様、エーコ姫様が、ジタンの事を意中の人物としてみているという事だ。
ジタンは、既婚者(私の夫)だし、大丈夫だとは思うけれど、どうしても不安がぬぐいきれない。何故なら、相手は王女様。しかも、(失礼だけれど)結構、性格がわがままと聞いてる。
もしかしたら、ジタンは、私を捨てて―――。
「どうした?ガーネット?何かあったか?」
私が急に黙り込んだから、ジタンはどうしたのかと言わんばかりの表情で、私の顔を覗き込んでいた。彼を心配させたくなくて、必死で顔をつくろう。
「ううん、何でもないわ!行ってらっしゃい、ジタン!」
「ああ!すぐに戻ってくるからな!」
笑顔で去っていくジタンにつられ、ガーネットも笑顔で見送った。誰もいなくなった玄関をただ、じっと見つめ、ひたすら彼が早く帰ってくることを祈り続けた。
***
「エーコ…本当にここで聞くのか?」
「勿論よ!ジタンの本音を直に聞きたいもの!」
エーコはシドが座っている玉座の真後ろに薄いカーテンを引き、座っている。そんなエーコに呆れながらも、一旦決めたら意思を曲げないエーコにシドは
どうする事も出来ず、渋々了承した。そうこうしている内に、ジタンが到着したので、エーコは口を閉じ、サッと後ろに隠れた。
「よく来た、ジタン」
「今日は、一体どのような用で私を呼んだのですか?」
「ふむ………ジタン、お前は抜群に剣技が長けているし、稀にみる早さで出世をしている」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
玉座の前で、跪きながらお礼を言う。いつもは、おちゃらけてるジタンだが、時と場所はちゃんと考えている。いつものジタンからは想像出来ないような態度で臨んでいる。
そんなジタンの態度をエーコは後ろから、こっそりと見つめ、胸をときめかせていた。
― もうジタンったらかっこよすぎなのよ!
小声でキャー!と言いながら、頬を赤らめる。
「それと、ジタン。この様な諺を知っているか?」
『貴くして交はりを易らへ、富みて妻を易ふ』
―身分が高くなったら、それまでの交友関係を変えて、財産を得たなら、それまでの妻を変える
シドは神妙な面持で語りかけている。シドの言葉を聞いて、ジタンは頭をフル回転させる。
ここで上手い切り替えしが出来なければ、きっと求婚されてしまうに違いない。前々からエーコ様が自分に好意を持っていることを風の噂で聞いた。自分は既婚だし、
大丈夫だろうと思っていたが、シド大公の言葉を聞いて、そうもいかなくなった。この流れからして、(自意識過剰だとは思うが)求婚されるのは十中八九間違いない。
自身はダガー以外に娶る気はさらさらない。さて、どうしたものか。
「…シド様は、このような昔の言葉を知っていますか?」
『貧賤の交はりは忘るべからず。糟糠の妻は堂より下さず』
― 貧しくて身分が低い時の交友関係は忘れてはいけない。貧乏な生活を共にしてきた妻は離縁してはならない。
ジタンは、しっかりとシド大公の目を見つめた。濁りのない、澄んだ目で見つめた。
「ですから、私はダガー…いえ、ガーネットと別れるつもりはありません」
ダガーとの思い出がよみがえる。出会った時の事、告白した時の事、初めてデートした時の事、プロポーズした時の事…全部が全部、大切な思い出だ。そして、
何よりもダガーを始めて見た瞬間。あの時程、忘れられない。
ダガーと会うまでの自分は、可愛い女の子が居たら、ひたすらその子に話しかけていた。いわゆる、プレイボーイだった。何人もの女の子と付き合ったが、ダガーと出会って以来、
ほかの女の子を見ても魅力を感じなくなった。確かに女の子がいたら可愛いとは思うが、自分からは話しかけない。何故なら、ダガー以上の女の子はいないからだ。
そんなダガーと付き合って、結婚出来た自分は最高に幸せ者だと思う。自分はとてつもなく貧乏だったのに、ダガーはそんな自身を懸命に支えてくれた。そんなダガーを捨てて、
地位と金を求める事なんて出来ない。そもそも、自分はそこまで地位と金は求めていない。
「そういう訳なので、この話は無かったことに」
スッと立ち上がり、一礼をすると、ジタンは部屋から立ち去った。
反感を買ったかもしれない。折角のお誘いを蹴ったのだから。だが、後悔は微塵もしていない。
早く帰って、つぶれてしまった休日をダガーとのんびり過ごそう。そう思い、ジタンは自宅へと向かって、颯爽と駆け出した。
「………中々、思い通りにいかないものだな」
後ろに座るエーコに聞こえる程度の声で呟く。エーコはきっと落胆してるに違いない。あんなにジタンの事を思っていたのだ。はっきりと振られて、さぞ落ち込んでるだろう、
そう思いながら振り向くと、エーコは予想とは違った反応をしていた。
「やっぱり、ジタンはカッコイイわ!普通の男だったら、欲に目がくらむものっ!」
ピンクのオーラを出しながら、目をハートにさせている。てっきりジタンの事を諦めたもんだと思っていたから、エーコの反応に驚きを隠せない。まだまだこの問題には
付き合わせられそうだ。シドは大きくため息をついた。
***
「良かった…!ジタン、帰ってきてくれたのね…!」
家に帰るや否や、愛しのダガーから熱い抱擁が迎えてくれた。いきなりの事で、思わず、動悸をしてしまう。奥手な彼女がこんな自ら抱擁してくれるなんて、
めったにある事じゃない。鼻がのびないよう必死でふるまう。
「当たり前だろ!俺の家はここなんだから」
「そうよね…疑ったりして、ごめんなさい…」
「どうしたんだよ、いきなり…抱き着いてきたりして」
彼女の腕を外し、一定の距離をとる。じっと、彼女の瞳を見つめると、彼女は重い口を開いた。
ここ最近、エーコ様がジタンを意中の人物として見ているのを噂で聞いて、もしかしたら今日求婚されるのでは、と不安でたまらなかった。シド様が一般兵士を呼ぶこと自体が
早々ない事。玄関のドアが開くまで、ひたすら不安な気持ちで待っていた事、等々を明かした。
ダガーの話を聞いて、ジタンは、声を上げて笑った。
「ちょっと!ジタン!私は真剣に話してるのよ!!」
「悪い悪い。だって、ダガーがあまりにも可愛すぎて」
「も、もう…!!」
真っ赤になって、顔を俯かせようとするダガーの頬を両手で触れる。目を合わせようとさせる。くりくりの茶色い目が不安気に自身が見ているのが分かった。
そんなダガーを安心させる為にも、自身の真っ直ぐな気持ちを伝える。
「ダガー安心してくれ。俺はどんだけ身分が高くなろうとも、ダガーと離れる気はさらさらないからな!」
そして、力強く抱きしめた。
まるで、ダガーがジタンのものだけであると主張するかの様に。
END